今日は、いつもよりもたくさん星が見える。 「今日、現世では流星群が見えるんだってよ」 並んで歩いていた檜佐木くんが言った。 「へぇ。だからかな、星がたくさん見える」 立ち止まって空を見上げる。 檜佐木くんも半歩手前で立ち止まった。 冬よりも少し小さく見えるのは、なんでだろう。 けれど、数だけなら冬の夜空と同じくらい。 ずっと見上げていたら首がくたびれて、私は視線を下に向けると、片手で首をもんだ。 「なんだ、首疲れたか」 笑うような檜佐木くんの声に、首をもみながら、「うーん」とだけ答える。 どれ、とおじいさんみたいなことを言った檜佐木くんの手が伸びて、私の首から手をどけると、後ろからぐ、と掴んだ。 掴んで、ゆっくりと揉み解していく。 「ついでに肩も」 言ったら、首から離れた手がぽこんと頭を叩いて、 「ばーか、調子にのんな」 また歩き始める。 私も肩をぐるりとまわすと、檜佐木くんの後をさっきと同じペースでのんびり歩き出す。 「流れ星ってさぁ、流れ始めがわかんないよね」 「まあな」 歩きながら見上げていると、さっきよりも首が疲れない気がする。 私はまた空を見上げる。 どこから流星が来るだろうか。 右?左?東?西? 「あ、流れてる、って思ったときには、お願いごと、間に合わないんだよね」 子供の頃に見た流れ星を思い出す。 手を合わせる間もなく、願い事ひとつ呟く時間もなく、あっという間に流れてしまった。 願い事を3回唱えるなんて、とんでもなく難しいことだ、と知った。 流れ星に3回願い事を唱えられたら、叶う。 そんなことを本気にしていたわけではないけれど、あの一瞬に、3回も願い事を唱えられるのなら、その願いは聞き届けられるかもしれない、そう思った。 あれ以来、流れ星を見たことがない。 「なに、お前なんか願い事するつもりだったの?」 からかうような口調で、檜佐木くんが振り返った。 「もちろん」 努力でどうにかできることなら、願ったりしない。 「何時頃から流れるの?」 相手あってのことだから、私の気持ちだけじゃどうにも出来ないから。 だから、流れ星に願って、3回唱えて、叶えてもらいたい。 たくさん流れるのなら、もしかしたら1回くらいは3度繰り返せるかもしれない。 そんな無精な願いを、星は聞いてくれるだろうか。 「夜半過ぎ、って言ってたからな、寝てる頃じゃねぇの」 また歩き始めた檜佐木くんが、背を向けたまま言う。 そっか、私は小さくそれだけ言って、先を行く背中に追いつかない程度の速さで歩く。 私がのんびり歩いても、檜佐木くんとの距離は離れない。私の歩く速さを知っているかのように、檜佐木くんもゆったりと歩いている。 つかず離れず。 この距離のまま、ずっと同じまま。 「明日、非番か?」 「うん。だから、夜更かししても大丈夫。頑張って見る」 「俺も非番」 「ふーん」 見えるのは夜半過ぎか、それなら一旦寝ちゃうと起きられないから、今日は徹夜覚悟で起きてないとな。 私は頭の中で今日のこれからの予定を立てる。 夕飯の後に、夜食でなにか食べられるようにしておこう。 見るのはどこがいいかな。 ずっと見上げているのは疲れるから、夏だし、屋根の上に上っちゃってもいいかもしれない。 それとも、隊舎の濡れ縁のところなら、夜中なら誰も来ないし、仰向けに寝転がって見る、という手もある。 それなら、夜食代わりのおやつを買いに行こう。 ということは、次の角を逆に曲がらないとダメか。 「檜佐木くん」 前を行く背中を呼び止める。 「私、こっち行くから」 少し先の曲がり角の片方を指差す。 「どっか行くのか」 「うん、夜食買いに行ってくる」 「夜食?」 「今日、徹夜だから。おなか空くんだよね、起きてると」 半歩以上先を歩いていた檜佐木くんが、戻ってきた。 「俺の分も買っといて」 「へ」 「俺も見るから」 「はあ」 間抜けな返事に呆れたのか、檜佐木くんの指が、私の額をばちん、と弾いた。 いて、と額を押さえる。 「一緒に願い事言ってやるよ。の言い方じゃ、1回も言えなさそうだしな」 ニッと笑う顔を見上げながら、私は苦笑いを浮かべる。 「分かった。檜佐木くんの分も買って来るね」 口ではそう言いつつも、頭の中では、困った、の大合唱だ。 いつまでも、檜佐木くんとこうしていられますように。 いつか、檜佐木くんが私を好きになってくれますように。 そして、二人並んで歩けますように。 なんてお願い、一緒に言ってくれる? |