ゴンゴンと戸を叩いたら、中から聞きなれた声がしたので、遠慮なく勢い良く戸を開けた。
「檜佐木さ〜ん、ハンコください」
長椅子に座っていた檜佐木さんが、少し頭をそらせてこっちを見た。
「お前さぁ、東仙隊長がいたらどうすんだよ」
「うちの隊長も呼ばれてますからね、いないのは分かってたんで」
ぴらぴらと書類を振りながら近づくと、長椅子に先客を見つけた。
「いねぇからって、もう少し静かに開けろよ」
ほら、と伸ばされた手に書類を渡して、向かいに座る。
檜佐木さんが、眉間に皺を寄せながら書類を読んでいる間、俺はなんとなく先客を眺めていた。
さっきの戸が開く音でも、こうして向かいに俺が座っても、起きる気配はちっともなく、身動きすらしないで小さな寝息を立てている先客の顔を、それこそ穴が開くくらいに眺めた。
「昨日から、働き通しだったからな」
視線は書類に向けたまま、ぽつりと言い訳のような言葉が漏れる。
「現世に行かせて、そのあと書類が溜まってたの手伝わせて、またさっきまで現世だからな、疲れるわな、そりゃ」
一瞬、ほんの一瞬だけ、視線を自分の膝の上に落として、小さく笑った。
「にしても、さん、起きないっすね」
「あー、まぁな」
書類に意識が行っているのか、簡単な相槌が返ってくる。
こんなにまじまじと見ているのに、本当にちっとも起きる気配がない。さっきから、規則正しい寝息が聞こえるだけ。安心しきっているのか、なんてあどけない顔で眠っているんだろう。
「いっつもこうやって寝てんすか」
「あ?」
「膝枕とか、してんすか?」
「しねぇよ」
「ふーん」
「隣で書類読んでたら、こいつの頭が落ちてきただけ」
「へぇー」
ぎろりと書類から顔を上げて睨まれた。
なんで長椅子で隣り合って座る必要があるのかとか、書類は席で読めよとか、いつまでも膝に載せてるこたないだろとか、突っ込むところはいろいろあるけれど、それは心の中だけにした。
そんなこと、言っても詮無いことだ。
「阿散井」
視線を寝顔から上に向けると、
「わりぃんだけど、机から印鑑取って」
「へいへい」
のっそり立ち上がって、机の上から印鑑を取り上げ、檜佐木さんに向けて放った。
檜佐木さんは上手いこと片手で受け取って、卓に載せた書類に印を押す。
その一連の動作の間、檜佐木さんの体が動くから膝も動いているはずなのに、やっぱり眠ったままで動かない。
「なんか、悪い薬でも飲ませてんじゃないでしょうね」
あんまり動かないから、長椅子の後ろから覗き込んだら、書類が視界を遮った。
「俺様の人徳のなせる業だ」
「よく言う」
視界を遮っている書類を受け取って、もう一度覗き込む。
「檜佐木さん、足しびれてません?」
「別に」
「俺、変わってあげましょうか」
単なる冗談で、からかってみたかっただけなのだけれど、だから顔はかなりにやりとしていたのだけれど、
「あー、お前には無理。こいつ、こうして寝るの俺がそばにいるときだけだから」
勝ち誇った顔がこっちを振り返った。
「そりゃどうも」
負けた気がするのはなんでだろう。

「なんだかなぁ」
九番隊をあとにして、自分の隊へ戻りながら窓の外を見た。
あれで恋人同士じゃないだなんて、誰が信じるんだっての。
「じれってぇなあ」
大きく伸びをした。
誰か、あの二人の背中を蹴っ飛ばしてやってください。