「疲れたんなら、ここで少し寝てってもいいぞ」 そう言ったのは俺。 笑って、「ありがとう」と目を閉じたのは。 書類を読む俺の隣で、気持ち良さそうな寝息を立てているの体が傾ぐから、ぶつからないようにそっと受け止めて、自分の膝を枕に横にしてやったのは、俺。 目が覚める前に膝から下ろして、俺は自分の席に戻ったから、は俺の膝の上で眠ったことは知らない。 同期だから、ほかよりも少しだけ仲がいい。 それだけの関係だ。 それ以上にはならないと思っていたし、なれないと思っていた。 この関係を崩すようなことはしたくなかった。 大切な仲間。 それでいいじゃないか、そう思っていた。 俺の隣で無防備に眠るのは、仲間として信頼してくれているからだ。 それ以外の理由なんて、きっとない。 「俺なら、好きでもない女、膝枕なんてできないですけどね」 膝の上でが身動きせずに眠っている。 「すやすや」という言葉はこういう状況なんだろうな、と思うほどに、穏やかに、ぐっすりと眠っている。 よっぽど疲れているんだろう、横で阿散井がなんだかんだと話していても、起きそうにない。 あとで、阿散井に寝顔を見られた、なんて知ったら、真っ赤になって照れるんだろうけれど。 「嫌いなわけじゃねぇし」 「そりゃそうですけど」 「同期だし、付き合い長いしな」 「まぁ、そうですけど」 含みのある視線をこっちに送ってくる赤い髪に、ちらりと視線を送る。 言わせたいことも、聞きたいことも、たぶん分かっている。 「俺、雛森とは同期ですけど、雛森を膝枕したりしないですよ」 「お前と雛森より付き合い長いし、同じ隊だし」 夢うつつでも聞こえる声が邪魔なのか、顔にかかっている髪が邪魔なのか、が少し顔を顰めた。 そっと顔にかかった髪を指先でどけてやると、また穏やかな顔に戻って、小さく身動ぎする。 「檜佐木さん、そういうことできるの、自分だけだと思ってんでしょうけど」 向かいの椅子から阿散井が立ち上がった。 「さんに恋人が出来たら、できないすよ」 そんなことは分かってる。 「今、何時?」 提出書類を全て片付けて、いい加減起こして帰るべく立ち上がろうとしたとき、がむくりと起き上がった。 「もう終業時間過ぎた」 「うあ、ごめん。寝すぎちゃった」 「いいよ、別に」 まだ寝起きのぼんやりした顔で、がこっちを見た。 「けっこう寝てた?」 「そうでもねぇよ」 「そっか」 ことん、とまた長椅子の背に顔を埋めた。 「ほら、起きろ。もう帰るぞ」 書類を持って近寄り、埋めている頭をあいた手で軽く小突く。 「んー。まだ眠い」 「あとは部屋戻って寝ろ。帰るぞ」 「ここで寝るの、気持ちよかったのに」 ドキリ、とした。 「枕かなぁ。枕がいいのか」 分かってて言ってる、わけはない。 そもそも人の膝を枕に寝ていたこと自体、気付いているはずがないのだから。 分かっていたら、こんなことを平気で言うやつじゃないことくらい、長い付き合いだから分かる。 「これ、借りて行ったらよく寝られるかなぁ」 俺が膝の代わりにの頭の下に突っ込んだクッションを持ち上げて眺めている。 「変わんねぇよ、ほら、置いてけ。帰るぞ」 クッションを取り上げて、元あった位置に戻してから、の肘を掴んで立たせる。 いつ触れても、細い体だと思う。 何もかも昔と変わらないから、余計にこの関係も変わらないままなのかもしれない。 変わらないのなら、このままでいい。 今のところ、自分の隣に他の誰かが来る予定などないし、隣にいるのはこいつでいい。 はっきりとした立場にならなくても、このくらいの距離でいられれば、何を変える必要があるんだろう。 「おなかすいたね」 「メシ食って帰るか」 「うん」 こうして隣で笑ってくれるなら、別に恋人だなんだと約束事なんてなくても十分だと思った。 他の誰かが互いの隣に来るなんてことは、考えられなかった。 けれど、今、の頬に触れているのは、俺じゃない。 が笑顔を向けている相手は、俺以外の誰か。 いまさら阿散井に言われた言葉がぐるぐると頭の中を巡った。 「恋人が出来たら」 隣での笑顔を受けるのは、他の誰か。 変わらない関係なんて、きっとない。 「気付くの、遅ぇよな」 小さく笑うと、二人に気付かれないように部屋へと戻った。 仲間だから、信頼しているから、同期だから。 そんなことじゃない。 そんな理由付けをしてごまかしていたって、何の意味も成さない。 隣にいたい。 あの笑顔の向かう先は自分でありたい。 そう望むのに、理由なんてない。 たった一つしか。 |