一週間、は、長いな。 そんなこと、初めて思った。 本人の口からはっきり聞いたわけじゃない。 そんなことがあれば、いくら上手に隠したつもりでも隊内で噂になる。 そもそも、あいつがそんなに上手に隠せるわけがない。 だから、そんな噂を全く聞かない、ということは、あのときのは全くそういう関係じゃないやつだ。 そんなことは分かっていた。 それでも目を合わせられないのは、もしかしたら、という不安と、自覚した自分の気持ちが重たすぎるから。 なるべく話さないようになって一週間。 ごちゃごちゃと考えずに済むようにわざと仕事を抱え込んで、忙しい振りをした。 一人になれば思い出さなくともいいことを思い出すから、夜は誰かと毎日飲み歩いた。 酔って寝て、翌日になれば忙しい毎日で、そしてまた呑んで酔って。 合間に何度かに声をかけられた。 「忙しいから」を逃げ文句にして、逃げた。 違うと分かっていても、もしかして、という不安から逃れられなかったし、を前にしたときに感じる、今までとは違う自分を持て余してもいた。逃げてばかりだから、一週間ですら長い。 目の前の杯は、もう空になっていて、気付いた同じ隊のやつが、すぐに次を注いでくる。 ふちギリギリまで注がれた杯を零さないように唇で迎えて、くいっ、と空ける。 旨いかどうかなんて、ちっとも分からない。 「檜佐木?」 空の杯を片手に振り返れば、怪訝そうな表情の見知った顔がいる。 「おー、久しぶり。なに、元気?」 「あんた、なにやってんの?」 「おま、副隊長さまにそれかよ」 「副隊長さまじゃないよ、バカ。なんで今日、あんたがここにいんの」 「なんでって、呑んでるから」 に、と笑ったら、思い切り殴られた。 「てめ!なにしやが」 「それはこっちの台詞だばかやろう」 ちょっと来い、と耳を掴まれて引き摺られる。 酔っていてもそれくらい振り払えたけれど、勢いに負けて、席を立った。 「で?」 「なにが」 「なんであんた、ここにいんの」 「だから、呑んでんだよ。見りゃ分かるだろ」 店の外に連れ出されて、壁を背にして向かい合う。 学生時代からの腐れ縁、今は一番隊の五席にいるはとざわが今にも噛み付きそうな顔で睨んでいる。 「今日、何の日か、覚えてる?」 睨まれたままの状態で、問われる。 「何の日って」 酔った頭では、簡単そうに聞こえるその問いにもすぐには答えられなかった。 今日。 何の日だったっけか。 定例、は今日じゃない。 昨日あったから、もう少し先の話だ。 隊首会は関係ない。 仕事が絡まない話か。 それなら... 「あ」 思わず口を押さえた。 出てきそうになった言葉を止めるかのように。 ずるずると壁に背中をこするように体が沈んだ。 「思い出した?」 大きなため息が降って来る。 「毎年やってるくせに、なんで忘れるかなぁ」 降って来る言葉を避けるように、頭を抱えた。 いまさら酔いが酷く回ってきたのか、ガンガンと声が響く。 「あいつ、なんか、言ってた?」 「別になんにも。あんたがここにいなきゃ、一緒だと思ってたよ」 ざり、と音がして、目の前にはとざわの顔が下りてくる。 「ねぇ」 ゆっくりと手を下ろして、目の前の顔を見た。 責めるというよりも、悲しそうな顔で、じっと見られる。余計に責められている気分だ。 「もう、誕生日、祝ってやらないつもり?」 答えられなくて、目を逸らす。 「、あんたに今日のこと、なんの相談もしなかった?」 この一週間、が声をかけてくるたびに、「仕事の話じゃないなら、あとにしてくれ」そう言っていた。 そう言った後に、が話しかけてくることはなかった。 そりゃそうだ。 話しかけられないような雰囲気を作って避けてきたのだから。 そんな雰囲気で、自分の誕生日の話など、できるはずがない。 「わかった」 なにも言わないのをどう受け取ったのか、はとざわがため息をついて立ち上がった。 「あとちょっとだけど、あたし、これから行ってくる」 「え」 「檜佐木が祝ってやらなかったら、あの子、一人で過ごしてるもん。そんなの、可哀想でしょ」 「けど」 「けどなに。忘れて飲み歩いてるくせに。なんだっての。それともなに、あんた、今からのとこ、行くっての?」 目の前で仁王立ちをするその姿勢の良い体を見上げた。 「行けるわけ? 忘れてたくせに」 「今日は、」 壁に手をついて立ち上がる。 さっきまで自分を見下ろしていた顔を、今度は自分が見おろす。 「今日は、俺が祝う日だし」 「ばっかじゃないの。いまさら」 泣きそうな顔をしているはとざわの頭を、手のひらで乱暴に撫でた。 ごめん。 ごめん。 何度もそればかり胸のうちで繰り返した。 きっと部屋で一人でいるであろうにも、そのことで胸を痛めているであろうはとざわにも。 「心配かけて、ごめんな」 ぱす、と頭に載せた手が振り払われた。 「あたしに言う台詞じゃないでしょ」 その言葉に思わず苦笑してしまう。 「は、」 久しぶりに呼ぶ名前に、胸の奥がざわりと揺れた。 けれど、それが何を意味しているのか、見ぬ振りをしなくとも、もういいと思った。 「いい友達持ったな」 はは、と笑ったら、腹に拳がめり込んできた。 「っぐ、てめ」 「なんでもいいから早く行けバカ」 「言われなくても、行く」 「早くしないと、今日が終わっちゃうでしょうが」 「だから、行くって」 背を向け、振り返って、じゃあな、と軽く手を上げると、はとざわがようやく笑った。 「にも一発、殴られて来い」 俺も笑った。 「おぅ」 「今日」があとどのくらい残っているのか、数分なのか、1時間くらいはあるのか。それすら確認する前に、足は一秒でも速く前へ、と進む。 願わくば、今日のあいつの最後の時間を一緒に過ごせますように。 部屋までは、あと少し。 |