「あら、雪が」

窓を開け、外を眺めていた女が声を上げる。
肩越しの暗闇に、白い雪がひらひらと散っていた。



細く唇から煙を吐き出し、高杉はそれを眺めた。

「綺麗...」

呟く声に、眉を顰め、吐月峰にかつりと煙管を打ちつけると、立ち上がる。
「お帰りに?」
窓から離れ、擦り寄ってくるのを軽く振り払い、頷く。
「また来ておくれやす」
媚びるように微笑むその顔を見て、唇を歪めると
「どうだかな」
呟くように吐き捨て、腰に刀を佩く。



大粒の牡丹雪になって落ちるそれは、足元をゆっくりとゆっくりと、白く染めていく。
吐き出す息の白さに、昔を思い出して口元を綻ばせる。

柄にもない。
昔を思い出して笑うなんざ、俺らしくない。

一度上がった口元を歪めると、手にしていた笠を深く被り、今の住処へと歩を進める。
肩に降り積もる雪を、そっと手で払う。






「ねぇ晋助さん」






縁側に立つが、満面の笑みを浮かべて振り返る。
「雪、雪が降ってる」
ぱたぱたと戻ってきて、横に座ると胡坐をかく高杉の膝に手を置く。そしてくるりと向きを変え、頭を高杉の肩に寄せて、雪を眺める。
何も言わずに煙管を吹かしていると、こちらを見上げたと目が合う。
「なんだよ」
「雪の音」
「は?」
「聞こえる? 雪の音」
まだ皆が寝静まるまでには時間がある。人の動く気配が其処此処で聞こえる。
「聞こえねぇよ」
ふぅ、と紫煙をにはきかけると、顔を大げさに顰めて顔の前でぶんぶんと手を振る。
「聞こえるよ、ほら」
唇に人差し指を当てて、しぃ、と小さく呟いて、はまた外を眺める。
つられて外を眺めると、雪はまだ降り続いていて、けれど、そこにはむしろ音など何もない世界のように、ただ白かった。
「ね」
顔を見上げてくるに、
「わかんねぇよ」
そう言うと、こつり、と高杉の肩にまた頭を押し付けて、
「残念」
と笑った。


「好きなの」
そう言っては高杉の顔を見上げ、「雪」と付け加える。
「さみぃだけだろ」
漂う紫煙を追うともなく見ながら言うと、「そんなことないよ」と子どものように唇を尖らせる。
「白くなるのって、綺麗じゃない?」
庭に目をやると、牡丹雪のように大きくなった粒がひらりはらりと落ちている。
この調子なら、明日の朝にはくるぶしが埋まるくらいには積もるだろう。
雪の中の戦は、足を使いにくい。早く止んで、積もらなければ良いと思う。
「晋助さん?」
ぼんやりと明日のことを考えていた高杉の顔を、がそっと覗き込んでいた。
「白くたってなぁ...」
白くたって、誰かに踏み散らかされ、誰かの血が飛び散れば、土の上でそれが起こるよりもはるかに鮮やかにそれを見せ付けてしまうのだ。
こいつにはそんなものを見せたくない、覗き込む顔にそっと手をやり、瞼に軽く口付ける。
「晋助さん?」
煙管を煙草盆に置き、頬を赤らめて見上げるその頭を軽く引き寄せた。
「そうだな、白い方がいいかもな」
赤い飛沫が散ろうとも、上からさらに白で塗りつぶして、その目には映らないようにしてしまえばいい。
の目にそれが映らないように出来るのなら、雪が降ることを祈ろう。
高杉の服を軽く掴み、胸に顔を埋めるの頭をそっと撫でながら外を見ると、雪はまだ音も立てずに降り続いている。






吐き出す息は相変わらず白い。
肩に笠に降り積もる雪は大粒で、あの夜のようだった。
誰も歩いていない道で立ち止まり、静かに暗闇を見上げる。耳を澄ますと、の声が聞こえてくる気がする。


の住む街にも、雪は降っているだろうか。
あの笑顔で見上げているのだろうか。


肩に降り積もった雪を、そっと払い落とす。
手のひらを差し出すと、そこに落ちる雪は音も立てずに消える。まるでそれはあの日の記憶のように。

らしくねぇな
小さくため息とも笑い声ともつかない声を漏らす。
後ろから聞こえる足音に、口元を綻ばせると、鯉口を切った。




今でもまだ、雪が降るたびに、の目から全てを隠してくれればいい、そう願っている自分に気付いたのは、雪を鮮血で染めた後。