夜中、部屋の窓から雪が降っているのが見えた。
そういえば天気予報でも夜半過ぎから雪になる、と言っていた気がする。
天気予報が当たった、というわけか。



「しかし・・・」


これじゃ寒すぎて眠れやしねぇ。
小さくため息をつくと、煙草を袂に入れて部屋を出る。
誰かが起きていたら茶でも入れさせて、それを飲んで寝よう。ゆっくりと食堂へと向かう。
雪は牡丹雪で、まるで落ちる音がするかと思うほどの大粒で降ってくる。縁側から下を見れば、もううっすらと白で覆われている。
こりゃ、明日の見廻りはめんどくせぇな。
煙草を銜え、火をつける。
ふぅ、と吐き出した先に、ちらり、と白い影が見えた。





「何やってんだ」





中庭で、立ち尽くしていたのはだった。
肩掛けをかけているとはいえ、足元は裸足で下駄を履いている。つま先は赤くなっているようだった。
こんな時間に、そんな格好で、なぜ外に立っている。
は特に驚いた様子もなく振り返り、不審げに見ている土方に向かって微笑んだ。



「雪が」


小さいけれど、良く通る声が聞こえる。


「雪が降ってきたから」


肩にも頭にも、雪がついている。
それでも、まるで寒さも感じないかのように、愛しいものを見るかのように、空を見上げ、雪が舞うのを見つめている。

「風邪引くぞ」

誰かの置き忘れた下駄を借り、銜え煙草のままのそばへ寄る。
近づいてみると、頬も寒さで真っ赤になっている。肩掛けを押さえる指先も。

「真っ赤じゃねぇかよ」

指先を顎で指すと、困ったような顔をして笑い、肩掛けの中に手を隠す。

「雪が降ったから」
「雪が降ったからって、部屋で見てればいいじゃねぇか」
「部屋じゃ、聞こえないんです」
「何が」
「音が」
「音?」
「雪の音」

そう言われて思わず黙る。
雪は相変わらずの牡丹雪で、加速度的に辺りを白で染めていく。もう皆寝静まっているからか、雪の降る音も聞こえてきそうだが、音という音が消されたかのように、何も聞こえない。

「聞こえねぇよ」

紫煙を吐き出しながら言うと、その煙を見て、が小さく微笑んだ。

「残念」

そう言うと、また空を見上げる。

「土方さん」

空を見上げたまま、肩に頭に降り続く雪をそのままに、がぽつりと名前を呼んだ。

「この雪、京でも降ってますか」

もう一歩、の傍に寄る。
そっと頭に手を伸ばし、積もった雪を優しく払い落とす。
は何も言わず、されるがままになっている。

「降ってんじゃねぇの? 全国的に、って言ってたからな」

は、小さく「そうですか」と呟いた。

「京に、誰か見せたいやつでもいんのか」

煙草の煙がふわり、と、の方へ向かう。
その煙に少し目を細めて、は笑った。

「ちょっと昔を思い出しただけです」

ちょっと、かよ。
足元を見ればもう指先は真っ赤に悴んでいるようで、隠している指だって感覚がないだろう。
頬もこんなに赤くなっている。
そっ、と指をの頬に伸ばす。
びくり、と体を震わせて、が土方の顔を見上げる。

「こんなになるまでか?」

土方さんの手あったかい、そう言っては土方の手に肩掛けから出した手を重ねる。
肩掛けに包んでいたはずなのに、指先は凍っているかのように冷たい。

「冷てぇな」

頬から手を離して上に重なっていた凍えた指を包み返し、もう片手で煙草を足元に落とすと、その手をそっとの体に回す。
の頬が胸元に当たり、あまりの冷たさに体が一瞬震える。

「ほんと、冷てぇな」

頬の冷たさとは反比例するかのように、の吐息が暖かく胸元に当たる。
「離れてる方が...」
掴まれていない方の手で、そっと土方の体を押し返そうとするのを無視して、掴んでいた手も離し、両腕を回す。
「お前が冷えんだろ」
「でも」
「少し温めてやるから、そしたら、もう寝ろ」
の体から、力が抜ける。
小さく笑う声がして、の手がそっと背中に回る。


「土方さん」

そろそろこっちが冷えてくるな、そんなことを考えながら腕に少し力を入れると、吐息と一緒に、小さな声が胸に当たる。

「ありがとうございます」
「まぁ、いいよ」
「けど、土方さん、寒そう」

ふふ、と笑い声をもらすと、は顔を上げて、
「お茶飲んで、寝ましょう」
目を合わせて、にこりと笑った。
「ったく。早く言えよ。足の感覚ねぇじゃねーかよ」
眉を寄せて笑って、回していた腕を離す。の手も離れて、背中から温もりが消える。


周りを起こさないように静かに食堂に向かう。
「なぁ」
前を歩く小さな背中に声をかける。
「次、夜中に雪が降った時は、声かけろ」
え?と小さな声をたてて、が振り返る。
「どうせまた雪ん中立って見るんだろ。お前、一人で見てるとあのまま凍死しそうだから」
死なないですよ、笑うあおの髪をくしゃりと撫で、
「とにかく、呼べよ」
一緒に見てやるから、小さく付け加える。

また昔を思い出したとしても、そばで温めてやるから。
他の誰かを想いながら見ているとしても、隣で暖めてやれるのは、今ここにいる自分だから。
次の雪の晩は一緒に雪の音を聞きたい、小さな肩に手を伸ばしながら、そんなことを想った自分に苦笑いした。