夜半過ぎから雪が降るでしょう。


天気予報で結野アナが言っていたから、人待ちのついでに雪が降るのを待った。
「帰りは夜半過ぎになるから、屯所の鍵は閉めちゃっていいよ」と言われたけれど、寒い思いをして帰ってくるのだから、何か温かいものを用意できれば、と、それを言い訳に雪が降るのをひたすら待った。
夜中と言ってもやることはいくらでもあって、明日の食事の仕込から、繕い物、ゆっくり編んでいるマフラーの続き、やっていたら時間はあっという間に経って、ふと外を見たら大きな牡丹雪がぼたりぼたりと落ちていた。地面を見れば、まだ降り始めで庭の土が見えている。
大判の肩掛けを上着の上から羽織って、音を立てないようにそっと階下に降りる。


下駄の音を立てないようにゆっくり庭の真ん中へ出る。
見上げれば、後から後から雪は舞い降りてきて、私の顔や肩に落ちてくる。
目を瞑れば、雪が落ちてくる音がする。
雪の音がする。




「雪が降ってる」



外を眺めていた私が寄りかかった肩は、細いけれどがっしりはしていて私を大きく受け止める。
「雪の音、聞こえる?」
そう言う私に紫煙をふうわりと吐きかけて、「聞こえねぇよ」と言う声が、こうして雪を見上げているとまた聞こえる気がする。

ゆっくり瞼を開ける。
雪は降り続き体は冷えてくる。ぶるり、と身震いをすると、頭に積もっていた雪が少し落ちてきた。
瞼に当たる雪は、あのときの彼の唇を思い出させる。
そっと、触れるような口付けを。
その後にそっと抱きしめ、髪を撫でてくれた手の感触が、雪とともに私の中に降って来る。


「晋助さん」


小さく、自分にも聞こえないほどの声でつぶやく。
この雪が、晋助さんのいるところでも降っているといい。
そして、私を思い出してくれたら良いのに。
雪が好きだと言った私に合わせて、「白い方がいい」と言ってくれたことを思い出してくれたら良いのに。


耳を澄ませばあの声が聞こえてくる。
冷たい雪が瞼に当たるのを心待ちにして、私は空を見上げた。

あと少し、もう少し、雪の音を聴いていたかった。