真選組に勤め始めて1年。ようやくもらえた有休を消化して、実家から山のようなお土産(お菓子ばっかりだった)を持って戻った。 10日しか離れていなかったのに、懐かしいなぁ、と感慨に耽っている私を待っていたのは食堂で一緒に働いているおばちゃん。 「あ〜。山本さん、ただいま〜」 部屋に荷物を置いて、割烹着に着替えて食堂に下りていくと、山本さんが血相変えて走ってきた。 「お土産は桃地屋のお饅頭ですよぅ」 有名どころのお饅頭の箱を、5つも抱えて私が暖簾をくぐると、 「ちょ、ちゃん!そんなことは良いよ!大変大変!」 饅頭を突き飛ばすくらいの迫力で山本さんは私の腕をつかんで、台所へ連れて行く。 「なんですか? 一体全体」 まぁまぁお茶でも、と山本さんを座らせて饅頭の箱を開け、山本さんに薦める。 お茶を二人分淹れて私が向かいに座ると、 「大変なのよぅ」 と、湯飲みを両手に抱えて、ようやく落ち着いた山本さんが眉をひそめる。ついでに声も潜める。 「マヨネーズが切れたんでさァ」 「はぁそうですか。って、なんで沖田さん?!」 「いや、そこ入ってきたらちょうどさんが帰ってきたんで、ちょいとね」 沖田さんは箱から饅頭を取り出してぱりぱりと包みをはがす。ぱくりと一口で食べ、私の湯飲みを取り上げて、ずずぅとお茶を飲んだ。 「けど、マヨネーズって、私、バケツ一杯分くらい作っていきましたよ?」 ここで勤め始めて最初に驚いたのは、マヨネーズの使用量だった。 食べる量が多いと、調味料の使用量も増えるんだなぁ、そりゃそうか、なんて思っていたけれど、どうもそれと比べてもマヨネーズだけ異常な減り具合で、なんだよ、と思っていたら、どんぶりご飯にマヨネーズかけて食べている人がいた。 それもまぁ美味しそうに食べているように見えたので(愛想ない顔してるから美味しいのかどうかよくわかんないのだけど、実際は)、途中から手作りのマヨネーズを用意した。 やっぱり既製品よりも手作りの方が、鮮度が違うから味も違うと思うんだよね、なんて。 そうしたら、以前の既製品時代よりも消費量が多くなって、良かったんだか悪かったんだか、私の手間は増える一方だった。 今回も、10日のお休みをもらうにあたって、必死になってマヨネーズを作ったというのに! 「いつまで持ったんですか? あのマヨさんたちは」 山本さんが指を3本立てる。横では沖田さんが3つ目のお饅頭を食べている。私は沖田さんにお代わりを、自分用にお茶を淹れなおしながら、 「3日〜?!」 叫んだ。 「絶対に食べすぎですよ。おかしいですよ、変ですよ」 「そうよねぇ。いくら手作りでも、あんまり食べ過ぎるのも体に毒よねぇ」 「さんからはっきり言ってやってくだせぇ」 「・・・すいません無理です」 私はお茶をすすって、お饅頭に手を伸ばす。 「で、なくなっちゃった後、なんかあったんですか?」 山本さんもお饅頭の包みをぱりぱりと剥がしながら、 「それがね、代わりにチューブの出したら怒っちゃってね、大変だったのよ〜」 ぼやいた。隣で沖田さんもうんうんと頷いている。 「イライラしてたかと思えば、山崎さん怒鳴ったり、蹴飛ばしたり」 って、全部山崎さんが餌食になったんですね。 可哀想な山崎さん。 そういえば、私がここに勤め出して最初に名前を覚えてくれたのは、山崎さんだった気がする。 マヨネーズの人は、きっといまだに私の名前どころか、顔すら覚えていないに違いない。 そんな山崎さんがマヨネーズにいじめられるのは、かわいそうだなぁ、とお饅頭を食べながら思った。 「やられてるのは山崎なんでね、やつがどうなろうと知ったこっちゃねぇけど」 お茶をずずっと飲み、 「かわいそうに思うんなら、さんもあんまり長期で休まねぇでいてくれると、ありがてぇんですけどねィ」 立ち上がりながら沖田さんが言うので、私も立ち上がって「はい」と答えた。 「誰が作ってるんだかわかんなくても、手作りの方が美味しいんですかねぇ」 笑うと、沖田さんが曖昧な顔をして笑った。 「じゃあ山本さん、あたし買い物行ってきますね」 まだ夕飯を作り出すまでには間がある。 夕飯には間に合うように、マヨネーズを作ってあげよう。 顔なんて覚えてもらえてなくても、名前なんて覚えてもらえてなくても、味で覚えてもらう、ってのは、粋なもんじゃないですか? 料理人冥利に尽きるってやつですよ。 まぁ、そうやって言い聞かせて仕事をしていなくては、続かなかっただけだけれど。 夕飯楽しみにしてますぜィ、と言って沖田さんはお仕事に戻っていった。 そういえば、沖田さんも山崎さんとどっこいどっこいくらいの早さで私の名前を覚えてくれたんだった、と思い出した。 夕飯には山崎さんと沖田さんの好きなものを作ってあげよう。私は山本さんから受け取ったお財布の中身と相談した。 買い物籠を腕に下げ裏口から出ると、ちょうど前からマヨネーズの人もとい土方さんがやってきた。 軽く会釈をすると、一瞬胡散臭げな顔をした後、 「帰ってきてたのか」 と言うので、びっくりしてしみじみと顔を見つめてしまった。 「なんだよ」 「あ、いえ。なんでもないです」 すいません、と小さい声で言ってまた頭を下げて横を通る。 まさか、顔を覚えてるなんて思ってなかったので、なんて言えるわけない。 「おい」 数歩歩いたところで、また土方さんの声がする。 恐る恐る振り返ると、土方さんはタバコに火をつけながら、こっちを見ていた。 「休むんなら、マヨネーズもっと作ってけ」 「あ、はい」 「今日の夕飯には、あるんだろうな」 「はい」 にやっと笑うと土方さんは、きびすを返して行ってしまった。 私はどきどきする胸を上から押さえる。 少なくとも、顔と、私がマヨネーズを作っている、ということは覚えてくれていたのか、と思うと、顔がにやけた。 顔なんて知ってくれなくても良い、味で覚えて、なんてただの強がりだ。 やっぱり、知ってくれている方が何倍も幸せだ。 早く名前も覚えてくれるといいなぁ、私は鼻歌を歌いながらスーパーへ向かった。 今日のマヨネーズは、いつもより美味しく出来そうな気がした。 |