お似合いのカップル、っていうのはあれのことか。
途中下車して買い物をした後、また駅に戻ってきたら、先輩が男と一緒にいた。
その相手も、俺は知っている人で。
あんまり楽しそうに話してるから、気付かれないようにそっと先輩からは見えないところに移動した。
しかも、二人が手にしていたのは、旅行のパンフレットで。
あぁ、いつの間にそんな関係になってたんだよ、と思いながら電車に乗り込んだ。



落ち込んでもなんでも朝は来るし、朝練はあるわけで。
いつもよりも早く目が覚めて、けれど二度寝するほどの時間でもなく、しぶしぶ早起きして、その勢いで早めに体育館に着く。
まぁシュート練習でもして気持ちを切り替えよう。
そう思った。

この時間なら体育館に一番乗りだ、と思ったのに、もう体育館の鍵は開いていて、中からボールを突く音と、時々ネットをすり抜けるボールの音が聞こえてくる。
この時間に来るなんて。牧さんか、神か。
まぁ清田ってことはないよな、そう思いながら「ちーす」と扉を開ける。

「おはよ〜」

振り返ったのは、先輩で。

「小菅、早いね」

いつも通りの笑顔で。朝からラッキー、て前なら思えた笑顔で。
けれど、昨日の今日だから、なぜか頬は少し引きつって、曖昧な顔をして先輩から目を逸らした。
先輩は特に気にしたようでもなく、また軽くドリブルをしてシュートする、を繰り返す。
それを見るともなしに見ながら、先輩が実はバスケが上手いことに気付いた。
あれだけできるなら、マネージャーなんかやらずに女バスでバスケやればいいのに。
そんなことを思いながらウォーミングアップして、ボールを取りに行こうとしたとき、先輩のボールがこっちに飛んできた。
「ねぇ、一緒にやろうよ」
まだ誰も来ないから少し相手して、少し息を上げた先輩が手を広げてこっちを見ていた。
俺は拾ったボールを、先輩に向けて投げる。
「少しは加減してよー」
なんて言いながらもなんでもないようにキャッチして、また俺に投げ返す。
ちゃんと手元に来るように計算したかのようなパス。
少し意地悪したくなって、高めにボールを投げる。けれど、先輩はジャンプしてそれをしっかり受け止める。
お返し、とでも言うように先輩がだいぶ上に投げてきたけれど、身長差がものを言うのか、俺には程よいパスで、
「ぎゃ〜、つまんない!」
地団駄踏んで悔しがる先輩は、小学生みたいだったから、思わず笑ってしまった。
「あ〜、ようやく笑った」
とことこと近づいてきた先輩が、俺の顔を覗き込む。
「なんか、悩んでるみたいな顔だったから、どうしたのかな、って思ったんだけど」
誰のせいだよ誰の、と思ったけれど、それが言えてれば悩んだりしない。
代わりに、
「先輩、バスケ上手いんですね」
思ったより、って付け足したら、軽く蹴飛ばされた。
「いいお手本がそばにたくさんあるからね」
先輩は綺麗なフォームでシュートを放つ。あぁ、このフォームは神に似てる。たくさん見ていて、その中からいいものを選んでいくんだな、そんなことを思った。
マネージャーとして、大勢の部員に囲まれて、誰に対しても態度を変えず接しているけれど、俺が何人かいるマネージャーの中でも先輩が良いと思うように、先輩も大勢の部員の中から、誰かを選んでいるのかもしれない。
それが、その相手が、
「あ、牧。おはよ〜」
キャプテンとマネージャーって、ありきたりすぎないですか?
まだ制服姿の牧さんは、軽く手を振って着替えに部室へ向かう。
先輩はそれを少し眺めて、くるりと俺の方へ向きなおす。
「ん?」
俺は先輩の顔をじっと眺めていた。
さっき俺に向けた笑顔と、今の牧さんに向けた笑顔と。
鈍感だからか、差が分からない。
けれど、二人で旅行に行くくらいなんだから、二人の関係はずっと続いてたんだろう。
なのに、気付かなかったなんて。
何事にもよく気がつく神だって、一言も言ってなかったのに。
意外に隠し事が上手いのかな、この人。
「何見てんの」
先輩の指が、俺の頬にぐいっと刺さる。
「痛いっすよ」
その指を握って下ろさせる。けれど、その手は離さない。細い指は、ちょっと力を入れたら折れてしまいそうだ。
「片手を押さえたって、もう片手が!」
もう片方の手がまた俺に伸びてくるのを、また空いた手でつかむ。
二人で向かい合って、両手を繋ぎ合って。
両手を繋いだ最初は笑顔だった先輩も、少し不審そうな顔になる。
このまま、牧さんが来るまで手を繋いでいたら、勘違いされて、別れちゃったりしないかな、なんて、しょうもないことを考えるけれど。

そんなことができるわけもなく。

俺はその場でしゃがみこんだ。
手は離した。
もやもやしたままで、先輩の顔を、牧さんの顔を、見ていくのは嫌なんだ。
けれど、失恋するのも嫌なんだ。

「どしたの? 小菅」
先輩がしゃがみこむ。小さい体は、しゃがむとさらに小さくて、牧さんはこの人のことを抱きしめてもいいんだなぁ、と思ったら、本気で泣きたくなってきた。
「泣くなら、あたしの胸を貸してあげるよ?」
いや、それは困る。それは逆効果だよ。この人、分かってなさすぎ。ため息と一緒に、
「いいです。先輩、胸小さいし」
にやっと笑って言うと、先輩は少し顔を赤くして「もう!」って怒った。
「せっかく、楽しいお知らせ聞かせてあげようと思ったのに!」
ちょうど体育館に入ってきた牧さんに、「ねぇ!」と、同意を求める。
「何の話だ?」
近づいてきた牧さんに、先輩は両手を伸ばし、牧さんはその手をつかんで立ち上がらせる。
「旅行の話」
さりげなくそうやって見せ付けなくても、昨日、二人が並んでるのを見たときにもう十分分かりましたよ。
そう言ってしまいそうになるけれど、言えなかった。
って、
「旅行?」
昨日、二人が持っていたパンフレットが頭を過ぎる。
「そう。ほら、もうすぐ夏休みだしさ。監督もインターハイ終わったら休みくれるって言うし、バスケ部で行くのも良いね、って昨日牧とパンフもらってきたの」
「まぁ、まずは予選だけどな」
牧さんはそう言うと、ウォーミングアップを始めに、離れていった。
「行くよね? みんなで行ったら楽しそうだよね」
まぁ、近場だけど、って先輩は笑いながら、さっきの牧さんみたいに俺に手を差し伸べた。
俺がそっと先輩の手を握ると、先輩は俺の手をぐっと握って引っ張った。
「小菅も行くよね?」
手を繋いだまま笑う先輩は可愛くて、つられて笑って「そうですね」って答えた。
「先輩」
「ん?」
「昨日、俺、先輩と牧さんがパンフ持ってるの、見ましたよ」
「あ、そうなの?」
声かけてくれれば良かったのに、まだ手は繋いだままで先輩が言う。
「二人で行くのかと思って、声かけなかったんですけど」
先輩は、一瞬「は?」って顔をした後、俺の手を離して大笑いした。
「それはないよ〜。なんだそれ〜」
そこまで笑ったら牧さんがかわいそうだよ、と思うほど、先輩は大笑いして、それから俺の顔を見て、今度は普通ににこりと笑った。
「で、つまんない気を回して、声かけてくれなかったの?」
「まぁ、邪魔しちゃ悪いかと」
「邪魔してほしかったよ、それなら」
「なんか、お似合いに見えたから」
「え〜、うそ。それは微妙だ」
牧とかぁ、微妙だ、と先輩はもう一度言うと、
「こないだ、神と一緒にいたら同じこと言われたよ」
誰といても勘違いされるのは、面倒くさいね、って笑いながら、けれど、
「小菅ともお似合いだ、って言われたよ」
少し照れくさそうな顔をして目を逸らされると、ちょっと勘違いしたくなる。
先輩はボールを拾ってかごに戻すと、ぞろぞろと入ってくるバスケ部の面々に「おはよう」と元気に声をかける。

ねぇ先輩。
牧さんと神と、俺と。
誰とお似合いだって言われるのが一番嬉しいですか?

少し照れた先輩の顔を思い出して、顔が少し緩んでいたら、神がそばに立っていて、
「小菅、顔がにやけてる」
意地の悪い顔をして笑っていた。
「なに、先輩と二人でいい話?」
「旅行の話」
神に負けないくらい意地悪な笑い方をして、俺は牧さんの方へ走っていった。
「なにそれ〜?」
後ろで神が叫ぶ声が聞こえたけれど、当分勘違いさせてやれ、と思った。

俺に気付いた牧さんが、ボールをパスしてくる。
俺は、受け取ったボールをそのままリングに叩きつけた。めったにやらないダンク。
振り返ると、先輩がこっちを見て手を叩いてくれた。

とりあえず、先輩の横はまだ空いていそうだから。
誰よりも一番俺がお似合い、って言われるように、まずはスタメンになろう。
インターハイでも活躍できるよう、まずは練習しよう。
来るまでの憂鬱な気持ちはもうどこかに行ってしまって、俺はさっきの続きを聞きたそうにしている神にボールを投げた。