なんというか、こういうタイミングの悪さとは縁遠い、と思っていたのだ。
ドラマみたいなシーンに出くわすなんてこと、私にはないと思っていたのに。

「それもこれも、仙道のせいだ」

隣に立って、興味津々に覗き込んでいる大きな体に(と言っても足だけれど)蹴りを入れた。
「いて」
棒読みのように言いつつ、視線はその先に置いたまま。
私は仙道の腕の下から向こうを覗き見るのを諦めて、壁に背中を預けた。
ひんやりと、少し湿った冷たさがブラウス越しに伝わる。
「まさかね〜。植草が告白されてるシーンを見るとは」
口調以上に、きっとこいつは楽しんでいるに違いない。
「おっと、ばれる」
くるりと向きを変えると、私の横に並んだ。
「ところで、植草に告ってんのって、誰?」
私は頭よりも上から聞こえる声に、
「5組の芝野さん」
下を向く。
「けっこう可愛い子だね」
「そうだね」
上履きのつま先が汚れているのに気付いた。
こないだの美術の時間に、そういえば絵の具が跳ねたんだった。花の絵を描いていたときだったから、ピンク色の小さな染み。
「付き合うのかな」
私はようやく顔を上げた。
普段、他人のことなんて、ましてや、他人の色恋沙汰なんて、まるで興味ないような顔をしているくせに。
なんで、よりによって植草のことを、ここまで気にするのだろう。
「さぁ」
けれど、私の口から出てくるのは、曖昧な、答えともつかない呟きだけ。
「あんな可愛い子だったら、OKするよなぁ」
「そうだね」
仙道の目から見ても可愛いのだから、植草だって嬉しいだろう。
「部活行ったら、みんなに言ってやろ」
嬉しそうな声を上げる仙道から、また視線を逸らして、私はつま先のピンクを見つめる。
ぼわん、と、ピンクの染みが大きくなった。
「あーあー」
呆れたような、楽しんでいるような声がして、私は瞬きしてしまう。
「嬉しそうな顔しちゃって。OKみたいだねー」
ぽたりと上履きの上に、雫が落ちた。
まるで計ったかのようにぴったりとピンクの上に。
ぽたりぽたりと、その周りに落ち続ける雫を止めるために、私はしゃがみこむ。
?」
顔は上げられなかった。
「え、あ。」
少し慌てたような仙道の声がして、私はぎゅっと膝を抱え込む。
「あ、ごめん。そういうことか。ごめん」
仙道がしゃがみこむのが分かる。
「ごめん」
きっと、眉を寄せて、困った顔をしているんだろう。
けれど、私は顔が上げられず、ただ、この痛みが消えるよう、ぎゅっと膝を抱えて丸くなる。
「ごめん」
もう一度繰り返したあと、私にかぶさるようにして、仙道の腕が、体が、私を包んだ。
「な」
驚いて顔を上げようとしたけれど、仙道の胸に阻まれて、私の顔は仙道の胸にぴたりとくっついた。
「俺もたいがいニブいね」
小さく笑いを含んだ声が、すぐそばで聞こえる。
「だいじょぶ、、可愛いから、いいやつすぐに見つかるって」
ゆっくりと私の頭を撫でる。
「なんなら、俺が立候補してやるから」
私は仙道と自分の体に挟まっていた腕を抜いて、仙道の背中に回すと、思いっきり平手で叩いた。
「いてっ」
「ばっかじゃないの」
「えー、ひどいなぁ、それ」
「だって、ばかだもん」
背中に回したままだった手で、もう一度、けれど今度は少し弱めに、ぴたん、と叩く。
「まぁ、ばかでもいいや」
私の頭を撫でながら、仙道が呟くように言った。
「ばかでもなんでも、候補にいれといて」
私は仙道の胸に押し付けられたままの顔を、少し頷かせる。
「考えとく」
仙道の笑い声が小さく響いて、もう止まった涙が、ぽろりと頬を落ちていった。