夏の間はずっとポロシャツ着用だった神くんが、近頃ネクタイをしてくる。
全国が当たり前のバスケ部で、2年でレギュラーの神くんは、ネクタイをしていようがいまいが結局もてるけど、ネクタイになってから、さらに人気が増した気がする。

でも、ネクタイにしたのは、彼女がネクタイがいい、って言ったからだ、
という噂もある。

あくまで噂。

なにせ、誰が神くんの彼女だか、同じクラスなのにわかんないんだから。
違う学校の子かな?
それとも、まとわりつく女の子がうるさくて、彼女がいることにしているんだろうか。

私は放課後の教室で一人、頬杖をついて外を眺めていた。
別に誰を待つわけでもなく、ただ、家に帰って課題をやるのが面倒だったので、教室で課題を済ませていた。
で、ちょうどそれが終わったので、なんとなく外を眺めていたのだ。


それだけのつもり。


二つ前の席に、まだ神くんの荷物がある。
部活にはまだ行ってない。
教室に戻ってくるかも、そんな期待。
を、していない、とは言えない。

もしかしたら、話とかできちゃったり、とかいう期待。
も、しているかもしれない。


そんなことを考えていると、それを見透かしたかのように本人が登場した。
「まだいたんだ」
私はあわてて顔を上げる。
「あ、うん。課題、やってた」
言わなくてもいい言い訳をする。
「あれ? 今日提出だっけ?」
「ううん。違うけど、家でやるより良いかなあ、と思って」
ふ〜ん、と言いながら、神くんが横を通る。
このままじゃ部活に行かれちゃう、もう少し、もう少し話したい!

「最近、ネクタイなんだね!」
ちょうど良くなのか、神くんはまだ制服姿で、今日もネクタイだった。
ちょうど私の横でとまると、神くんはネクタイにちらっと目をやって、
「あぁ、そうなんだよね。なんか、ずっとポロシャツ着てたから、ネクタイの仕方忘れちゃった」
じゃあ、どうやってしてくるの?
忘れても、してくれる人がいるってことでしょうか。

なんて思わず口走りそうになる。

「でも、きれいにしてるよね、ネクタイ」
言えたのはここまで。
「あぁ、うん。そうだね」
神くんはにっこり笑う。
なんか、すごい余裕ありげでむかつく。

「誰かにやってもらってるとか?」

結局言ってしまう。
一瞬驚いた顔をして、また神くんは笑った。
しかも、軽く頷いて。
「毎朝だと、たまに怒られる」
あっさり。
なんだ、隠してたわけでも、架空の存在でもなかったんだ。

「ふ〜ん。ほんとに彼女いたんだ〜」
「ほんとにって、なにそれ」
「カモフラージュかと思ってた。神くん、もてるから」
「そんなん、しないよ。それに、別に隠してないし」

隠してないなら、教室でもくっついてれば良いのに。
そしたら、分かりやすくて良いのに。

なんか、やっぱり悔しい。
私、こんなに好きなのに。
空回りしてるのに。

悔しいから、ネクタイを思いっきり引っ張ってキスしてやる。


けど、寸前で神くんの顔は止まって、
「それはダメです」
息が触れるほど近いのに、にこりと笑って、私の手からネクタイを取り返した。
「俺、彼女一筋なんだ」
ごめんね、と言って、バッグを取り上げて、神くんは教室から出て行ってしまった。

本当に悔しい。
神くんは全然普通な顔してたのに、私、ものすごいどきどきしてる。
自分から仕掛けたのに、すごいどきどきしてる。

悔しい。

けど、やっぱり好きなのはそのままで。

誰だかわからない彼女に、やっぱり嫉妬した。