ベッドの脇にバッグを放り投げてから、カーテンを開けた。
もう外は真っ暗で、まるで鏡のように部屋の中が窓に反射して映る。
くたびれたような顔をした自分と目が合った。
星は見えるんだろうか。
帰り道には見上げなかった空を、ようやく見上げた。
自分の息で窓ガラスが曇った。
月が、見えた。

思わずため息が漏れた。

ため息なんて、自分らしくない。
そんなことをどこか遠くの方で思う自分がいる。

「なにやってんだろなぁ」

口にして、窓から離れた。
制服を脱いで、ハンガーにかける。
春が過ぎて夏が来て、また上着が必要な季節になって。
ハンガーにかける、という行為をようやく体が思い出してきた。
入学したばかりの頃は、そのまま放り投げてしわをつけて、よく母親に怒られた。
最近はちゃんと部屋で脱ぐし、そのままちゃんとハンガーにもかける。
ズボンだってちゃんとハンガーにかける。
それが日常になった。
学校へ行って、練習して、授業を受けて、また練習して、家に帰る。
それがつまらないとか思わないし、むしろ何もかもが詰まっていて、そこに全てがあると思う。
やりたいことがあって、目指す先があって、それにたどり着くためにただ練習をして。
一緒に過ごす仲間がいて、目標になる人がいて、追いつきたいやつがいて。
それでも、時々不安になる。
なにをやってんだろう、と。
このままでいいんだろうか、と。
追いつけるのだろうか、と。

制服を上下ともハンガーにかけて、部屋着に着替える。
放り投げたバッグの中からペットボトルを取り出して、ベッドに寄りかかるようにして座り込む。
ふたを開ければ、ぷしゅう、と間の抜けた音を立ててペットボトルから空気が抜けた。
一緒に、自分の中から何かが、ぷしゅう、と抜けたような気がした。
少し気の抜けた炭酸をぐい、と飲んで、ベッドに顔を埋めた。
日向の匂いがする。
いつもより、少し温かい。

思わず、笑った。

「ノブー」
開いているドアの向こうから、母親の呼ぶ声が聞こえた。
「おー」
「ご飯、冷めるわよー」
「すぐ行くー」
ペットボトルにふたをして、とりあえずバッグに戻そうと思って覗いてみたら、バッグの中で携帯が震えていた。



「はい」
『信長?』
「神さん」
『大丈夫? なんか、落ち込んでたみたいだったからさ』
「あー、はい、だいじょぶっす」
『まぁ信長のシュートが決まんないのは、今に始まったことじゃないしな。いちいち落ち込んでたらやってらんないよな』
「うぇー、ひでぇなぁ、神さん」
笑いながら、窓の外を見た。
あぁ、満月だ。よく見れば、まん丸だ。
『信長は信長でいいと思うよ、俺は』
「え」
『シュートは練習すれば入るようになるから。なんなら、明日から俺とシュート練習していく?』
「あ、はい」
『じゃあ、明日な』
「あ、はい。ありがとうございます」
『うん、じゃあね』
ぷつり、と切れた携帯を、ぼんやりと眺めた。
なんだか、泣きたくなった。

「ノブー」
母親の呼ぶ声がまた聞こえた。
「すぐ行くー」
ばちん、と音を立てて携帯をたたむと、ベッドに放り投げた。
部屋を出るときに、もう一度窓の外を見た。
いつも通りの自分の顔が映っているのを確認してから、電気を消した。