夕暮れ時、休みの日の部活が少し早く終わったあとに、一人でシュート練習をする沢北を見るのが習慣のようになって、いったいどのくらい経ったんだろう。
今日も私は、シュート練習をする沢北を、離れたところから見ている。
私が見ているのは沢北も知っている。
けれど、別に何も言わない。
私も何も言わずに黙って見ている。
時々、思い出したように膝の上に載せたスケッチブックに鉛筆を走らせる。
私のスケッチブックには、何枚も何枚も、沢北がシュートしている場面が描かれている。
手元が見えなくなるまでシュート練習を見て、見えなくなったら終わり。
最後だけ、一応挨拶する。

「沢北ー」

呼べば、「おー」と少し間の抜けた返事が返ってくる。
私は鉛筆を仕舞って、スケッチブックを小脇に抱えて立ち上がる。
「帰るね」
「おー、またな」
「うん、またね」
なんの約束、というわけでもないけれど、沢北はいつも「またな」って言うし、私もだから「またね」って答える。
また、が明日のことを指すのか、それとも一月後になるのか、はたまたもう二度と訪れないのか、それも分からないのだけれど。
でも、
「沢北」
「ん?」
いつもなら、お決まりの挨拶で立ち去る私がまた名前を呼んだから、シュート練習を続けようとした沢北が、きょとんとした顔で振り返る。
「アメリカ、いつだっけ」
「あー、と、あさって」
「そか」
また、って次はいったいいつだろう。
だって、今日は日曜日だよ。
「沢北」
「なに?」
「バスケ、好き?」
暗くなってきて、だんだん表情が見えなくなる。
「当たり前だろ」
ボールをつきながら、こちらに向かってくる沢北が、やっぱり少し不思議そうな顔をしているのが見えた。
「そうだよね」
も、絵、描いてるの、好き?」
気付いたら、目の前に沢北が立っていた。
優しい顔をして笑っているから、私も少しだけ笑った。
「うん、好き」
「だろ」
「うん」
「好きじゃなきゃ、続かないよな」
「だね」
好きじゃなかったら、続いてなかった。
こうしてちゃんとした約束もないのに、いつも見てることなんて。
好きじゃなかったら、続かなかった。
「沢北」
だから、たくさん名前を呼ぶ。
またね、がいつになるのか、分からないから。
本当に次があるのかすら、見えないから。
「私、沢北がシュートしてるのを見てるの、好きだよ」
少し間が空いて、それから、顔を赤くした沢北が、「おう」と、小さな、本当に聞き逃しそうなほど小さな声で呟いた。
「だから、ずっと練習見せてくれて、ありがとうね」
私は一歩、沢北に近づく。
「アメリカ行っても、頑張ってね。ここじゃ遠いけど、応援してるから」
またな、って毎回言ってくれて、ありがとう。
私は手を伸ばした。
「握手」
沢北は一瞬、きょとんとした顔をして、それからまだ赤いままの顔をまた少し赤くして、ごしごしと服で拭った手を差し出した。
私はその手をぎゅ、と握り締めた。
初めて触れた手は、大きくて、そしてやっぱり少し汗ばんでいる。
少し遅れて沢北もぎゅ、とそれでも軽く私の手を握った。
「それじゃ、ね」
「おう」
ゆっくり手が離れる。
「いってらっしゃい」
「おう。行って来ます」
私は少し後退りして、それから背中を向けた。
これで最後。これが最後。
ぎゅ、とスケッチブックの背を握り締めた。
コートを出る瞬間、
!」
叫ぶ沢北の声に振り返る。
「またな! また、見に来いよ!」
ボールを足元に落として、両手を大きく振る沢北がいた。
「帰ってきたら連絡すっから!」
私は大きく、沢北に見えるように大きく頷くと、片手にスケッチブックを持ったまま、手を振った。
「約束だかんな!忘れんなよ!」
私はもう一度大きく頷いた。
「約束!忘れないから!」
またな、がいつになっても。
約束だって言ってくれるなら、忘れないで待ってるから。
もうあたりは真っ暗で、沢北の顔は見えない。
「またね!」
けれど、沢北が大きく手を振っているのがどうにか見えて、私も大きく手を振った。