仙道は、何をやるにも覇気がないと思う。
まぁ、バスケやってるときは別だけれど、それ以外の生活に関して、あんまり興味がないんだと思う。
私は横で突っ伏して寝ている仙道を横目でちらりと見て、それからひじを突いた姿勢のまま外を見た。
もうすぐ夏休みの、期末テスト返却期間のこの時期の空は、本当に雲ひとつない晴天だった。


「終わった?」
鐘が鳴って授業が終わり、SHRも終わって、さぁ帰るぞ、という頃になって、ようやく起きた仙道は、開いてるんだか開いてないんだかわかんない目で、私を見た。
あんまりひどい顔なので、ひ〜百年の恋も覚めるね、と思ったけれど、そもそも私は仙道に恋していないので、そういう心配もいらなかった。
「終わったよ。つか、授業じゃなくてSHRも終わったよ」
私は思い切り呆れた声を出した。
「あ〜、そっかぁ」
ん〜、と目頭を押さえてまた開けた目は、今度はぱっちり開いた。
「そっかぁ」
なのに、また机に引っ張られるように、仙道の体はばたりと突っ伏した。
「部活じゃないの?」
私は立ち上がって、かばんにノートやペンケースをしまう。教科書や辞書は、宿題が出ない限り持って帰らない。ノートが入っているのは、一応勉強してますよ、というポーズみたいなもんだ。
「あ〜、そうなんだけど・・・」
それでも仙道は机にしがみついている。
「なんか、暑いよね〜ぇ」
語尾をうにょんうにょん曲げながら、仙道はようやく顔を上げた。
、カキ氷食べに行こう」



私と仙道は、かばんは教室に置いて、お互い財布だけ握って学校を後にした。
部活は良いのか、と聞くと、仙道は、「む〜ん」と形ばかり考える振りをして、「大丈夫じゃない〜?」と、まるで他人事のように言い放った。後で越野に怒られればいいさ、と、私も他人事のように言い放ったら、
は、越野の怖さを知らないから・・・」
と、なぜか泪目で言われた。
「けどさぁ、越野って可愛いよね。こないだ、3組の山岸さんに声かけられて、真っ赤になってたよ」
「越野は純情だからねぇ」
「仙道とは違うよね」
「なに、それは」
かなりのスローテンポでそんな会話をしながら、私たちはただだらだらと歩いた。5分ほど歩いて、私は日陰で立ち止まる。
「カキ氷って、どこの食べる気なの?」
「え〜、と」
「コンビニ行く?」
「いや、それはつまんないでしょ」
仙道は海を指差した。
「海の家とか行っちゃう?」
まったくけっこうな距離あるよ、と思ったけれど、今年はまだ海の家にも行っていないので、まぁいっか、と私は仙道の隣へ戻る。
二人してたらたらと歩いて、どうでもいい話をして、ようやく海が見えるところまで出てくる。
「おお、夏だ」
気の早い水着姿の小学生を見ながら、仙道が笑った。
「小学生の水着見て笑うなよ、変態」
私も笑っていうと、仙道は髪の毛も下を向くのではないかと思うほど、しょんぼりして、「、俺のこと、誤解してる」と私を見下ろしてため息をついた。
そんな仙道がおかしくて大笑いすると、「まぁいいけどさ〜」と仙道は砂浜へ降りて海の家に向かった。
私はひぃひぃ笑いながら、仙道のつけた足跡の上をなぞるようにして歩いた。


「そういえばさぁ、仙道こないだまた告白されてたね」
無事開業していた海の家から、私はオレンジ、仙道はこんな顔して練乳イチゴを買って、少し学校へと戻ったところにある低いコンクリート塀に腰掛けた。
お尻が少し暑いけれど、それでも今日はまだ日差しが弱い方だ。海風も吹いてきて、カキ氷の冷たさが心地よかった。
「あ〜、見てたの?」
「見てたっつうか、まぁ、見てたね」
「どこで?」
「3階の廊下の窓から、ちょうど体育館裏って見えちゃうんだよね」
「あっそう」
しょりしょりと氷を口で溶かす音と、ざりざりとカップの中身を混ぜる音が、少し遠くなった波の音と混じる。
「で?」
「ん?」
「結局、あの子もダメなわけ?」
「ん〜」
こめかみを押さえながら、仙道がうめく。
「来た!」
氷イチゴを抱えて、来たとか言ってるでかい図体は、なかなか笑えた。けれど、私もキーンとこめかみに来たので、二人してしばらくの間、「来た!来た!」と叫んでしまった。
「付き合うとか、めんどくさいんだよね〜」
ひと段落して、溶けかけて来た練乳イチゴをしょりしょりと口に運びながら、仙道が言った。
「バスケで十分ですよ、ぼかぁ」
私は適当にうんうんと頷いて、カキ氷をしょくしょくと口に運んだ。オレンジ味は、口の中が切れるような感じの痛さがある。
「オレンジ、うまい?」
「ニセモノっぽい味がする」
仙道のスプーンが伸びて、私のカキ氷をすくう。私のスプーンは仙道のカップへ伸びる。
「あ〜、練乳の方が美味しかったかも」
甘いミルクの味が、ぶわっと口の中を占拠する。
もてるけれど、仙道は誰とも付き合っていない。仲のいい女子と言ったら私かもしれない。けれど、それは恋愛感情を抜きにした関係だからだ。もし、
「もし、あたしが仙道好きだったらどうするよ?」
食べ終わったカップをさかさまにして、中身を全て出し切りながら私が言うと、
「え」
もう食べ終わってぼんやりしていた仙道が一瞬止まった。
「それは困るなぁ」
本当に困ってるのかよ、と思うほどのんびりした声がする。困ると言うよりも、切り捨てるだろうに、と思ったけれど、それじゃあまりにも仙道が冷たい人みたいなので、あえて口にはしなかった。
仙道は、自分に対して「恋心」を向けてくる人を、それはもう上手に探し出し、距離を置く。
まずは近づいて、仲良くなって、というルートを取ろうとしても、それに含まれる下心を敏感に嗅ぎ取って、さりげなく境界線を引く。ストレートに近づけば、「バスケ」という大義名分をひけらかして、やっぱり境界線は越えられないのだ。
私はその境界線から、いつも少し離れたところで仙道を呼ぶ。お互い、境界線を挟んでいるのが分かるから、仙道はこうして私を誘う。超えられたくない線、というのは、誰にだってきっとあるのだ。
「まぁでもあれだ。越野はその線を越えてくるよね」
「あ〜。まっすぐだからねぇ」
「けど、嫌じゃないでしょ?」
そこには下心がないから。恋する気持ちが下心とは言わないけれど、取り繕うとする姿勢がない分、やっぱり越野の方が純粋にまっすぐに仙道に向かっているんだと思う。
だから、へらへらとしながらも仙道は越野やバスケと向かい合っている。まっすぐに。
「まぁ、越野だからねぇ」
けど、惚れてないからね、ときっちり断って、仙道は立ち上がった。
惚れてても良いけどね、と言い返して、私も立ち上がる。
ん〜、と伸びをした仙道は、まるで空にも届きそうなほどに腕を伸ばす。
私も真似して伸びをしたけれど、片手にカップを持った身長150センチは、どう頑張っても空には届かなかった。

「そろそろ、部活行かないと怒られるなぁ」
ちらっと海を見ると、仙道はきびすを返し、そして、また振り返って私に「帰ろう」と言った。
私は、仙道から空いたカップを受け取って、自分のカップに重ねた。途中のコンビニのゴミ箱に捨てて帰ろう。
それから、私たちは並んで、またたらたらとどうでもいい話をしながら、学校へ戻った。
口の中でオレンジの味がして、二人で舌を見せ合いっこしたら、仙道は練乳のおかげであんまり色がついていなくて、私だけ妙なオレンジに染まっていて、「、だっせー」と仙道にへらへらと笑われた。