体育館の2階から手すりをぎゅ、と握って下を見下ろしている牧は、傍から見ていると面白い。 表情に出していないつもりでも、なにか言いたげな顔をしているのが良く分かる。 注意をしたいんだろうけれど、引退した身だから言わないように、としているんだろう。 そんなこと、気にしなくてもいいのに。 信長がまたさっきと同じミスをしている。 神が注意しているけれど、どうも迫力に欠けるのか、きょとんとした顔をしている。 牧のお説教は迫力があったから、それだけで十分威嚇の意味があったわけだけれど、神は同じことを言っていてもいかんせんあの迫力は出せないわけで。 牧と神が揃っていた頃なら、アメとムチで程よかったのになぁ。 そんなことをつらつらと考えながら横を見たら、手で口元を隠している牧がいた。 「なにしてんの?」 訊けば、ちらり、とこちらに視線を送ってから、ようやく口から手を離した。 「思わず、声を出しそうになった」 ぷ、と吹き出したら、少し眉を寄せて、 「笑い事じゃない」 とため息をつく。 「ここから怒鳴ればいいじゃん、信長に」 シュートが決まって、嬉しそうな信長が見える。 本当にあの子は元気がいい。 あの子が元気だと、3年が抜けたバスケ部も元気になっていく気がする。 「信長、すごいビビるよね、こっから声がしたら」 こっそりとここに上がったから、まだ誰も気付いていない。 それだけ真剣に部活をやっている、ってことだから、構わないけれど。 「もう引退したからな、俺が口を出すことじゃない」 そう言う言葉の端々に、寂しさが滲んでいる気がするのは気のせいかな。 「そうかなぁ」 そんなこと言われたら、私だって寂しくなっちゃうじゃないか。 「私、卒業したからお前とは関係ない、って牧に言われたら、寂しいなぁ」 びっくりしたような顔で牧が私を見た。 「そんなこと、言うわけないだろ」 「うん」 私はもう一度、「うん」と頷いて下のフロアを見つめた。 嬉しいけれど、なんか、泣きそうだ。 4月になったら、違う大学に通うようになって、こうして並んで話すことだってきっとなくなる。 卒業したら、結局離れ離れになる。 3年がいなくなった穴をいつの間にか後輩たちが埋めていくように、いつか私も牧がいなくなった穴を埋められるんだろうか。 なみだ目になっていくのを隠すように、じっとフロアを眺めていたら、ぽすん、と牧の手が私の頭に触れた。 「違う大学に行ったって、いつでも会えるだろ」 私は手を乗せたまま、緩く頭を横に振った。 「牧、大学でもバスケやるんでしょ」 頭を振ったら、溜まっていた涙が零れた。 「そしたら、」 バスケに一生懸命で、私のことなんて忘れちゃうよ、涙混じりにそう言えば、頭に乗ったままだった手に力が入った。 「が忘れても、俺は覚えてるよ」 見上げれば、ふ、と牧が笑った。 「それに、はそんなに簡単に忘れられるようなやつじゃないしな」 「なにそれ、もう」 まだ涙が残っているけれど、頬をふくらませて見せれば、髪をくしゃりと撫でて牧の手が離れた。 「心配することじゃない、そんなことは」 視線を逸らしてフロアを見た牧が、「こら、清田!」と叫んだ。 私もびっくりしたけれど、それよりもあわててこっちを見た信長があまりにもびっくりした顔をしていたので、思わず笑ってしまう。 前みたいにひとしきり信長に注意した後、小さなため息をついて牧が私を見た。 「口を出さずにいるのは、なかなか難しいな」 「うん」 「帰るか」 「うん」 私がマフラーを巻いているのを眺めていた牧の手が、巻き終わると同時に伸びてきて、私の頬に触れた。 親指が頬を拭うように動いて、離れて行った。 「泣くほどのことじゃないだろ」 「・・・うん」 「俺がそんな薄情なやつに見えるか?」 さっきよりも勢いよく首を横に振る。 「が忘れてくれって言っても、俺は忘れないよ」 私は赤くなった顔を見られないように、マフラーに顔を埋めた。 そんな嬉しいこと、さらっと言わないで。 また涙が出そうになる。 「うん」 マフラーの中で答えたらくぐもった声になったけれど、ちゃんと聞こえたみたいで牧が笑ったのが見えた。 |