打ち上げ、と称して部活のみんなで騒いだ。
夏大会が終わって、とりあえずひと段落っていうので、準優勝で残念会みたいな感じで、でも別にしめっぽくなんてなくて、ただバカ騒ぎをやっただけなんだけど。
最初はみんな揃ってたけれど、時間が経つにつれて人数が減っていき、最後まで残っていたメンバーは、一番近い上に家族が全員出払っているから、という理由で、牧さんの家になだれ込んで、バスケのDVDを観たり、人数が多かったときには出来なかったようなあれこれを話したりした。
途中から主の牧さんは自分のベッドで寝てしまって、他の人たちもちらほら寝たり半分眠そうだったりしていて、かく言う俺も最後の方は記憶がない。
朝、人の家の居間で目が覚めたら、神さんが一人でNBAのDVDを見ていた。
他の人たちは俺も含めて全員寝ていたようで、徹夜したのは神さんだけか、と思ったら、神さんも少し寝ていたんだそうで、なんとなく安心した。
「高砂さんのいびきがすごくて、寝られなかった」
こっそり神さんが耳打ちしてきて、忍び足で牧さんの部屋を覗きに行ったら、ドアを開けるよりも前に大きないびきが聞こえてきて、俺はドアも開けずにまたそっと階段を降りた。

「ね、すごかったでしょ」
TVから目を離さずに、神さんが言う。すごかった、と俺が言うと、ふふ、と小さく笑って、
「けど、牧さんはあれでも起きないからね、すごいよね」
とDVDを止めた。
「あの二人、よくホテルでも同じ部屋だったから、慣れてるのかな」
独り言のように呟いて、DVDを取り出してケースに戻す。
「信長はけっこうおとなしく寝るんだね」
ぱちん、とDVDのケースを閉じた神さんが俺の顔を見た。
あまり寝ていないだろうに、大して眠そうでもない。
いつも通りの穏やかな顔をしている。
「もっと暴れるかと思ったよ」
「暴れるってなんすか。寝るときは普通すよ」
「ソファからも落ちなかったしね」
「俺、寝相はいいんで」
神さんは大きく伸びをして、窓の傍へと歩いていく。俺はその後姿を見る。どこから持ってきたのか、そういえば俺が寝ていたソファには、大きめなバスタオルが置かれていて、きっとあれは俺にかかっていたんだろう、と思った。かけてくれたのは、きっと神さんだ。
制服を着ていると細く見える神さんは、けれど試合のときはとても頼もしい。
あの長い腕から放たれるボールは、確実に小さな輪に吸い込まれていく。
頼もしい、優しい、穏やか。
俺にはないものばかり。
まだ寝ぼけている頭の中で、そんなことがぐるぐる回った。
「俺、女に生まれてたら、神さんに惚れそう」
「気持ちわるい」
即答かよ!と思ったけれど、神さんは本気で言ってるみたいで、嫌そうな顔をして俺を見た。
「大丈夫ですよ、俺、次に生まれるときも男に生まれます」
「俺も絶対に男に生まれよう。信長に惚れられるのはやだし」
「なんすかそれ」
「あ、けど、男でもOKとか言わないでよね、俺、そういう気ないから」
「俺もないすよ」
そんなしょうもないことを話していたら牧さんが起きて来て、一番寝てるくせに眠そうな顔をして、「高砂のいびきはうるさい」って言うから、俺と神さんは思わず顔を見合わせて笑った。


朝ごはんを用意してくれる、という牧さんのお誘いを断って、俺は神さんの自転車の後ろに乗った。
海沿いの道を、神さんの自転車はしゃーしゃーと軽い音を立てて走る。
休み日の朝、まだ少し早い時間だからか、人通りもなくて、車も通らなくて、神さんは少し車道寄りに自転車を走らせる。
俺はYシャツのボタンを全開させて、ばさばさと風を受けながら神さんの肩に手を置いている。
海にはもうサーフィンをするのか、ちらほらと人影が見える。
もう少ししたら、あの中に牧さんも加わるんだろうか。
サーフボードを片手にした牧さんを思い浮かべたら、冬が来て、大会が終わると、牧さんはチームからいなくなるんだ、なぜかふとそんなことを思った。
まだまだ先のことなのに、急にそれが今すぐ起こることのような気がして、神さんの肩を少し強く握った。
「なに、どうかした?」
軽く視線を俺に向けて、神さんは少しだけ速度を落とした。
「落ちるかと思ったんで」
冗談めかして言ったら、
「本気で落とすよ」
神さんがわざと蛇行運転をするから、俺はぎゃあぎゃあ言いながら、さっきよりも強く神さんの肩を握ってやった。
今こうして神さんと過ごしている時間だって、再来年にはもう当たり前じゃなくなる。
なんだか、この時間がものすごく大事な時間に思えた。
眠りが足らない頭は、少しセンチメンタルに出来てるのかもしれない。




なんとなく二人とも黙ったまま、というか、神さんは普段からあんまり喋らないから、俺が黙ったまま、自転車は海の見える道を逸れて、住宅街に入った。
もう少し走ったら、俺たちの通う高校が見えてくる。
ばさばさとワイシャツが風をはらんで音を立てる。
「神さん」
「んー」
「高校って、最初から海南一本に絞ってました?」
「えー」
海沿いでは誰にも会わなかったのに、住宅街ではようやく人とすれ違って、神さんが自転車を走らせる速度も、さっきより少しだけ遅くなる。
お互いに話す声も、さっきより少しだけ小さくなる気がする。
「翔陽も考えてたけど、まぁ海南受かったし。信長は?」
「俺、海南しか考えてませんでした」
神さんが笑った。
「落ちたらどうすんだよ」
「まぁ、そしたらそんとき考えます」
もう過ぎたことだから、適当に答えた。
神さんはまた笑って、信長は気楽だ、と独り言のように言った。
学校の横を通り過ぎる。
まだ誰もいない校庭は静かだった。

「俺、たとえば高校選ぶとこからやり直せ、って言われても、また海南に来ますよ」
神さんは今度も「ふーん」とだけ言った。
「そしたら、神さん、また一緒にやりましょうね」
「え、俺、海南にいないかもよ」
「ええ!」
ぎゅう、と思わず掴んだ肩に体重をかけたら、「痛いって!」と神さんの大きな声がした。
「嘘だよ、バカ。神奈川に生まれたら、海南に行くよ、俺だって」
「神奈川に生まれなくても、海南来てくださいよ、俺、絶対に海南行くから」
「東京に生まれてたら、他に行くでしょ、強いとこあるし」
「俺、東京に生まれても、海南行きますよ」
見上げれば、真っ青な空に真っ白な雲。
海からなのか、風も吹いてくる。
車の数は相変わらず少なくて、さっきすれ違って以来、歩いている人にもあまり出会わない。
自転車の走る音だけが響く。
「だから、神さんも海南に来てくださいよ」
神さんは何も言わなかった。でも、小さく肩が揺れた。笑ったのか、頷いたのか、分からなかったけれど、俺はとりあえず、頷いたんだ、と思うことにした。
自転車の速度が上がった。
耳元で風を切る音がする。
俺はもう一度空を見上げた。