寒い寒い真冬の夜道。
見上げれば、夜空には冬の星座があちらこちらに見える。
指差して、あれがなにで、これがどれで、と説明してくれるのは植草で、一緒に見上げながらじゃああれは、とたずねるのは私。仙道は大きな体を縮ませるようにしてマフラーに顎を埋めて、そして越野は何度も何度もポケットから携帯を取り出しては、何かを確かめるように液晶を光らせている。
高校から駅までの道のりを、4人で前後しながら歩いて帰る。
歩いて帰れる距離に部屋のある仙道は歩きで、自転車通学の越野は自転車に乗らずに押して、私と植草は電車通学だから歩いて。
いつも同じようなことを話しながら、いろいろな噂話を織り込みながら、4人で、私に合わせてくれるゆっくりめのペースで歩く。
こんな寒い夜は、だから、誰かしら「暖かいものが欲しい」と言い出す。時々私で、時々越野で、時々仙道で。植草は、誰が言い出しても、笑って「いいね」と言う。
植草が賛同してくれれば、もう寄り道は決定で、私たち4人は帰り道にあるコンビニになだれ込む。
その日も入ってすぐ、私と仙道はすぐにレジへ向かい、私は肉まんを、仙道はあんまんを選んで、さっさとコンビニから出てしまった。
止めてある越野の自転車はママチャリで、仙道が自転車にまたがって、私は後ろの荷台に仙道とは背中合わせに座って、両手を肉まんで暖めてから、1/4にした肉まんを頬張った。
私はまっすぐ伸ばしていた背中の力を緩めて、仙道の背中に寄りかかった。
仙道があんまんを食べるたびに、背中が動いて、それがなんとなくおかしかった。
自分も同じように食べて、同じように仙道の背中に響いているんだろうか。
「なに笑ってんの」
さっさと食べ終わった仙道が、入れてあった袋をくしゃりと潰して、ゴミ箱に向かって投げる。
袋はギリギリ入り口にひっかかって、中へ落ちた。
「おー、さすがバスケ部」
口に最後の肉まんを咥えて、おざなりに拍手すると、仙道の背中が反り返って、私に体重をかけてくる。
「重い重い重い!」
背中がぴったりと合わさって、コートの上からでも仙道の体温が分かる。
「なに笑ってたの」
「食べてると、仙道の背中が動くから」
「そんなの、だって同じ」
「うん」
私は食べ終わった袋を、くしゃっと丸めると、仙道に手渡した。
「もっかい」
仙道は何も言わずに、ゴミ箱に向けて袋を投げた。今度はどこにも引っかからずに、するっと奥へと消えて行った。私は手袋をしたままの手でぱふぱふと拍手をする。
足をついてコンビニを振り返れば、越野と植草はまだ中にいて、越野は誰かと携帯で話しているようだった。
「なにやってんだ、越野はー」
私がつぶやくと、仙道も少し立ち上がるようにしてコンビニの中を覗き込んだ。
越野は、なんだかちょっと興奮しているようで、うろうろうろうろと熊のように店の中を歩き回っている。喋っているから万引きだとは思われないだろうけれど、きっと話してる内容は周りには丸聞こえだ。植草が少し恥ずかしそうな顔をして、越野が肩から提げたバッグを引っ張っている。
「今日、ずっと携帯気にしてたよね」
背中を仙道にぶつけると、
「あぁ、なんか誰かの番号聞いたとか言ってた」
「おお、誰だろ」
私は幾人かの思いつく女の子の名前を挙げた。
どの子も、越野が可愛いと言っていた女の子で、可愛らしい、他の男子にも人気のある子達ばかり。
けれど、仙道は、「覚えてない」とだけ言って、自転車のベルをちりん、と一回鳴らした。
「まぁ誰と話しててもいいけど、寒いー」
「当分出てこなさそうだな」
ハンドルに両肘をついて、仙道が諦めたように言った。
「えー。もう帰っちゃおうよー」
「そうだなぁ」
「この自転車で、帰っちゃおう」
私が言うと、仙道は笑って、「鍵がない」と言った。
「鍵なんて、壊しちゃえ」
私は後ろについている鍵を、ばしばしと手で叩いた。叩いたくらいじゃ壊れなさそうな、頑丈な鍵がついている。前に盗まれて以来、悔しくて頑丈な鍵をつけた、とそういえば越野が言っていた。
だから、簡単に壊れるわけはないし、冗談のつもりで言っただけだから、
「壊すかー」
と、のんびりとした仙道の声に、思わず背中を合わせている仙道を振り返った。
「で、一緒にどっか行っちゃうか。なら後ろ乗っけてどこでも連れてってやるよ」
鍵がない、と言ったのと同じような口調で、いつも通りのあの口調で、さらっと仙道が言った。
「でも今日は、寒いしとりあえず家に帰るか」
仙道の背中が反り返って、「な」、と振り返った私の肩を押す。
それはどういう意味なのか、そう問うよりも前に、コンビニの自動ドアが開いて、越野が「仙道!」と大きな声で呼びながら、飛び出してきた。
飛び出してきた越野は、そのままの勢いで、自転車の前かごを揺らすから、私と仙道は、慌てて両足で倒れないように踏ん張らなくてはならなかった。
後から植草が、苦笑いしながら出てきて、私に「待たせてごめん」と、ホットの烏龍茶をくれた。



仙道と別れるギリギリまで、越野の話は続いて、私は仙道に、あの言葉の意味を聞けないまま手を振った。
それ以降、そんな話は仙道の口から出てくることはなく、何もなかったように私と話をし、それまでと同じように4人で一緒に帰ったりした。だから私も、仙道に問いただすこともせず、同じように過ごした。
ただ聞くのが怖かったのかもしれない。
そうして、私たちは高校を卒業して、互いに違う道を歩き出した。



大学を卒業し、就職をした今でも、星の見える夜道を一人歩くとき、あの頃のことを思い出す。
帰り道に話したどうでもいい話や、コンビニで買った肉マンや、夏のアイス。
そして、仙道の声を。
あの時、私ならどこにでも連れて行ってやる、と言ったあの言葉の意味を聞けていたら、その後の私たちは何か変わったんだろうか。
隣に仙道がいる、そんなことがあったんだろうか。
今となってはもう戻れない過去なのに、私は何度も何度も、「もしも」を繰り返す。
もしも、卒業式の日に、仙道に、気持ちを伝えていたら、何か変わっただろうか、と。
もしも、卒業式の日に、もう学ランのボタンを全てなくした仙道が、「これはに」とポケットからひとつだけボタンを出したときに、それが第二ボタンなのかどうか、確かめていたら、何か変わっただろうか、と。


さっき、本屋で立ち読みした雑誌に、仙道が写っていた。
少しだけ大人びた顔をして、あの頃と同じように笑う仙道が、ユニフォーム姿で写っていた。
卒業式の日、バスケを続ける、とはっきりと言い切った仙道に私が最後に言った言葉を、仙道はまだ覚えていてくれているだろうか。
空を見上げれば、あの時と同じように星が瞬いている。
何度も何度も聞いていたはずなのに、もうどれがどれだか分からなくなってしまった。けれど、あの日言った言葉はまだ覚えている。
そして、どんなに遠くにいても、いつでも、仙道を応援してる、そう最後に伝えたときの仙道の笑った顔を、きっと私は一生忘れないだろう。