学校からの帰り道、家の近所の公園に私は一人でブランコに腰掛けている。 すでに日も暮れて、子どもはもうおうちに帰った時間で、会社帰りの人たちは公園を横切ったりしないから、誰もいない。 だから暗くて、普段ならなんとなく心寂しくてこんなところに一人になったりしないけれど、今日はむしろ一人になりたくて、駅からの帰り道、まっすぐにここへ向かった。 ブランコの鎖をぎゅっと握る。 錆びたざらざらした感触と、金属の冷たさが、手のひらに突き刺さる。 でも、ぎゅっと握った。 ごめんね、って言えばよかったのに、私の口は頑固だった。 なんでああいうときに、ごめんね、って出てこないんだろう。 意地張ったって仕方ないのに、いつもだったら簡単に、「ごめ〜ん」って言っちゃうのに。 原因は、つまんないことだ。 友達との帰り際のちょっとした行き違いみたいなもの。 「それってどうなの」 って向こうの言い方もちょっときつかったし、その前に言っちゃった私の一言だってやっぱりもう少し違う言い方をするべきだった。 だから、やっぱり最初に悪かったのは私なんだから、ごめんね、って言うのは私の方。 けど、そんな短い単語すら言えなくて黙り込んでしまった私を置いて、友達は先に帰ってしまった。 一人になった私は、学校のトイレでちょっと泣いて、落ち着いてから教室へ戻った。 もしかして、ってちょっと期待してたけれど、友達はやっぱりいなくて、携帯を見たけど、メールは着てなかった。 小さい頃も、叱られたり嫌なことがあると、私はこの公園の、このブランコに腰掛けて、よく泣いていた。 最近は、そうそう泣くこともなくなったし、大きくなったこともあって、ブランコに腰掛けるのは、そういえばすごく久しぶりだ。この公園の中に入ったのだって、いつ振りだかわからないくらい。 きぃ、と、ブランコを漕げば、錆びた音が小さく公園に響く。 すぐに気づけるように、スカートのポケットに入れた携帯は、ただ重いだけで、さっきからうんともすんとも言わない。 自分から言わなきゃダメなことは分かってるけど、もし出てくれなかったらどうしよう。出たとしても、怒ってたらどうしよう。何も言ってくれなかったら・・・。 ぐるぐると悪い方に悪い方に考えてしまって、もう首すらがっくり下を向いて、ローファーの先をじっと見ていた。 どうしよう、そればっかりで、思わずため息が出たとき、私のローファーの前に、大きな靴が来た。 びっくりして顔を上げると、何かが顔面にぶつかってくる。 「ったぁ」 わしゃ、って音がして、それが中身の入ったビニール袋だと気づいて、さらに顔を上げた。 学ラン姿の、久しぶりに見かける幼馴染が、目の前にビニール袋をぶら下げて立っていた。 「楓くん」 「・・・」 「ひさしぶり」 「・・・おう」 ワンテンポ遅い、昔から変わらない返事が返ってきて、さっきまでの重たかった気持ちが、少しだけ軽くなった気がした。 「どうしたの」 「家に帰ってきたら、ほとんど口も利かないで、夕飯食べて寝るだけ」って母親に言われちゃうような人が、公園に寄り道なんて。 ここにはバスケットボールのゴールもないのに。 「やる」 目の前の小さいコンビニのビニール袋が、小さく揺れる。 ざらついた鎖から手を離して、私はそのビニール袋を受け取る。 中を覗くと、たくさんのチュッパチャップスが入っていた。箱から適当に選んで買ったのがよく分かる。同じ味がいくつもダブって入っている。 広げて覗いていると、ビニール袋の中に、大きな手が入ってきて、ひとつ摘み上げる。ベリベリと音を立てて包みをはがすと、おもむろに私の口に押し込んできた。 「泣き止め」 それだけ言って、隣のブランコに腰掛ける。 私は口から棒を突き出した間抜けな顔で、隣で今にも眠ってしまいそうな幼馴染を見つめた。 小さい頃、ここでよく泣いていた私を泣き止ませてくれたのは、楓くんだった。 口の中に飴を詰め込めば、しゃくり上げるのも大変になるから泣けない、っていう、それはもう強引な方法で泣き止ませて、落ち着くまで隣にいてくれた。まぁ、ほぼ眠っていたんだけれど。 そして、私は泣き止んで、お母さんにごめんなさいが言えたり、また笑えるようになったりする。 そんなことを思い出して、小さく笑った。 「これ、こんなにどうしたの。もらったの?」 たぶんまだ寝ていないはずの隣に声をかける。 今にも落ちそうになっていた首が、少しだけ動いて、思い切りため息が聞こえてくる。 「泣いてねぇなら返せ」 「買ってきてくれたの?」 「うるせー」 またため息をついて、楓くんは立ち上がった。 「帰んぞ」 ざりざりと足元を鳴らしながら先を歩く大きな背中を、私は足元に置いていたかばんを拾い上げて、小走りで追いかける。カバンにビニール袋が当たって、わしゃわしゃと音がする。 「楓くん」 自転車の元へたどり着いた楓くんが、ゆっくり振り返る。 「ありがとう」 ブランコに座ってる私を見つけてくれて、泣いてなかったけど落ち込んでた私のために、飴を買いに行ってくれて、隣にいてくれて。 楓くんは何にも言わずに、私が隣に並ぶまで待ってくれた。 ポケットの携帯が、歩くたびに足に当たるけれど、さっきよりもずっと軽く感じる。 ビニール袋の中を、歩きながら覗いて、ざっと数を数えると、私は一本だけ取り出した。そして、隣の学ランのポケットに、それを入れた。 「いらねぇ」 「おすそ分け」 めんどくさそうにまたため息をついて、楓くんは前を向いた。 「ありがとね」 もう一度私がそう言うと、「べつにいー」と呟くような声が返ってきて、自転車が止まる。私の家の前。 「じゃあな」 そう言うと、また自転車を押して歩いていってしまう。 「おやすみなさーい」 見えていないだろうけれど、背中に向けて手を振った。 玄関のドアノブに手をかけたとき、ポケットの中の携帯が小さく震えた。慌てて取り出すと、メールが一件。開けば、「ごめんね」の四文字。 私は、ぎゅっと携帯を握り締めた。すぐに友達に、「ごめんね」って電話しよう。ちゃんと謝ろう。そして、明日、学校に行ったら、このたくさんのチュッパチャップスを二人で分けよう。 私はビニール袋とカバンを持ち直すと、「ただいま」、と、いつもよりも大きな声で言いながら玄関を開けた。 |