走って走って走って。
筋トレして、練習をして、そうしたら、今よりももっと上手く、強くなれるんだろうか。


そろそろ夕日も完全に落ちる、その一歩手前。
走るのを止めて、立ち止まって空を見上げた。
だらだらと汗が垂れてきて、あぁ、頑張ってるな俺、そんな気分に一瞬だけなった。
ジャージのポケットにねじ込んでいたタオルで、適当に顔を拭いて、大きくため息をひとつ。
1年が入ってきて、2年になって。
レギュラーにはなれたけれど、いつ他のやつらに抜かれないとも限らない。
ここまでやったら大丈夫、そんなラインは存在していなくて、走っても、シュート練習をしても、なんとなくいつも不安が付きまとっている気がする。
もう一度ため息をつきそうになったとき、

「神?」

出そうになったため息を飲み込んで、視線を向ければ、私服姿の知った顔。
「どしたぁ?」
語尾を少し伸ばして、のんびりと近づいてくる。
隣に来るまでの間に、さっき飲み込んだため息を長い息と一緒に吐き出して、ちょっと視線を下に向けて、気持ちを切り替える。
「走ってた」
「そりゃ、見れば分かる」
はは、と笑って、まだ手に持っていたタオルで首を拭いた。
は?」
「買い物。バーゲン真っ只中ですよ、今」
「のわりに、手ぶらだけど」
が持っているものと言ったら、肩から斜めにかけているバッグくらいで、それだって小さくて、財布くらいしか入っていないんじゃないか、と思う。
「欲しいものがなかった。この日のためにバイトしたのに」
つまらなさそうに言って、ガードレールに寄りかかった。
去年も今年も同じクラスで、席が近かったり隣だったりで、クラスの女子の中では話す方。
けれど、制服を脱いで会うことなんてほとんどなくて、こうして外で会うとなんだか違和感がある。
向こうにしてみれば、Tシャツにハーフパンツで走ってる俺は、見慣れているのだろうけれど。
「バイトしてんだ」
「うちの手伝い。うち、自営だから」
なにを、とは聞かなかった。
前に、聞いたことがあるような気がするけれど、今すぐには思い出せない。どこでバイトしていようが、なにをしていようが、そこまでは知らなくても良い話。
「バーゲン前にちょっと稼いどこ、て思ったのに、なんかさ、わさわさと人がいる中で良いものなんて、見つけづらいんだよね。疲れるし」
「それはお疲れ様」
「ストレスですよ、もう」
頬を膨らませるを見て、少しだけ笑った。
「じゃあ、一緒に走る?」
「余計ストレスだよ。神と一緒に走れるわけないじゃん。体が違うっつうの」
しかもスカート、と、ワンピースの裾を軽く持ち上げて、向かい合う俺の顔をぎっと睨んだ。
「じゃあ、」
もう一度空を見上げた。
まだ暮れきらない空は、中途半端に明るくて、微妙に暗い。
去年もこんな時間に、クラスのやつらと会ったことがあるような気がする。
あの時は、なにをしたんだっけ。


「花火」


「花火?」
が聞き返した。
そうだ、去年、夏の始まる頃、同じように外でクラスのやつらと会って、花火をした。
あの時はもう少し暗くなっていただろうか。
花火が綺麗に見えたから、きっともっと暗くて、ちゃんと夜になっていた。
そして、そのとき、もいたような気がする。
女子も何人かいたから。
「そう、花火」
けれど、口にしてから、なに言ってんだ、と思い直す。
走ってる最中で、花火なんて持っていやしないし、二人で花火なんて、ただのクラスメートなのに。
だって、困ってるだろう。
冗談だよ、笑ってそう言おうとしたとき、
「やるかぁ、花火」
ガードレールから勢いをつけて、が立ち上がった。
「まだ明るいから、パラシュートとかもできるね。うし、やるか」
腰に手をあてて、空を眺めながら、がもう一度、やるか、と少し大きな声で言った。
「スーパー行って、花火とバケツ、買って来ようよ」
「え、けど、俺、走ってる最中だから、たいして金持ってない」
「あたしが持ってるから、問題ない。行くぜ、神」
返事も待たずに、がずんずんと歩き始める。
こんなやつだっけ、って。
そんなことを思いながら、背中を追いかけた。
「あ、けど」
突然立ち止まった背中に並ぶと、が俺を見上げて、に、と笑った。
「線香花火はなしね」
なんで、そう聞けば、俺の顔をぴっと指差して、
「神は、今、線香花火やったら、泣きそうな顔してるから」
それだけ言って、また先へと歩き出す。
その背中を見送っていると、が振り返った。
「神、意外と顔に出るタイプだね」
腰に両手を当ててこっちを見ているは、教室とは全然違う顔で笑った。
「いっそ泣いちゃうのも手だよ。見なかったことにしてあげるし」
「泣かないよ」
俺の顔に浮かんでいたのは、苦笑だったと思う。
でも、ほんの少し前まで抱えていた不安が、笑った瞬間、どこかへ抜けて行った気がした。
「じゃあ、最後は線香花火ね」
まだ明るい空を見上げながら、が言った。
二人で線香花火か、と思ったら、なんだか照れくさくなって、それには答えず、並んで空を見上げた。