「だから、なんでそんなん履いてきたんだよ」 もう今日何度目か分からないノブのお言葉を聞きながら、私は駅前でしゃがみこんだ。 「だからー、可愛いから履きたかったのー」 おろしたての靴を、1日履き続けたら、ばっちり靴擦れになって、私のかかとは皮もむけてしまって、血まで出ている始末だ。 そういえば、靴を買ったときに、「最初は時間を短めにして履いてくださいね」って言われた。 そんなこと、すっかり忘れてたけれど。 友達が持っていた絆創膏をもらって、両足に貼って1日過ごしたけれど、地元の駅まで戻ってきた段階で、私の気力は尽きて、しゃがみこんでいる、というわけです。 「だいたい、今日のメインはお前じゃないんだっつうの」 呆れたようにノブが、ガードレールに寄りかかった。 「分かってるけど」 少しでもかかとに靴が当たらないようにしようと、前傾姿勢を取ろうとしたらバランスを崩して、体が揺らいだ。思わず手が泳ぐように前をかく。 「ばっか」 揺らいだ体は、ノブの片手で肩を押さえられて元に戻る。 頭の上から、ノブのため息が聞こえる。 分かってる。 今日のメインは、私の友達と、ノブの友達だ。 違う高校に進んだ私が友達といるときに、ノブが友達といるところに出会って、私の友達がノブの友達に一目惚れ。 一度でいいからデートしたい、という友達の願いを叶えるために、部活で忙しい、というノブに頭を下げて、同じバスケ部だという友達にもお願いして、今日の日をセッティングした。 だから、私とノブは、二人を引き合わせるために一緒に出かけただけで、私が頑張ることはひとつとしてない。 小さい頃を知っているノブに、頑張っておしゃれをしたところで、意味なんてない。 でも、私だって女の子だ。 せっかくのお出かけに、適当な格好をしていくなんて、したくない。 横で友達が気合を入れて髪を巻いて、可愛いワンピースを着ているというのに、お化粧もしないで、近所をうろつくような格好でなんて、出かけられない。そんなの、絶対に嫌だ。 それに・・・。 「ちょっと待ってろ」 しゃがみこんで下を向いたままの私の頭を、ぽん、と叩いて、ノブが歩き出した。 「え、ちょっと」 慌てて立ち上がろうとして、足の痛みに顔を顰めた。 「すぐ戻ってくっから。そこいろ」 立ち止まってそう言うと、どこかへノブは歩いて行ってしまった。 私はその後姿を少しだけ見て、また膝を抱えた。 涙が出そうだ。 足は痛いし、せっかく頑張った格好も、ノブは何にも言ってくれない。 初デートに気合を入れてる友達よりは少し落ちるけど、私だってノブと二人で歩いてもデートに見えるように、普段ノブには見せない可愛い格好をしていたはずなのに。 その可愛い格好に合わせた靴のおかげで、今こうしてしゃがみこんでいて、ノブはどこかに行っちゃっている。 その前のデートの付き添いの最中だって、もう後半は足の痛さに歩くのもしんどくて、デート中の二人とは別行動(というか私たちは座ってただけともいう)していたくらいだ。 まぁ、別行動の方が、友達にしてみればチャンスだったろうから、それはそれで良かったとは思うけれど。 私はため息をついた。 「せっかくの休みだったのになぁ」 膝の上に載せた腕におでこをくっつけて小さく呟いた。 ため息と一緒に、今日の約束を取り付けるまでに、だいぶごたごたしたことを思い出した。 ノブのところのバスケ部は、練習量が多くて、土日も練習が当たり前で、1日休みになることは、あまりないんだ、と言っていた。 だから、日程を決めるときも、練習がいつ休みになるのか分からなくて、私と友達は、3回くらい日曜日を棒に振った。 それはノブの部活がお休みにならなかったからで、今日はようやくできたお休みだった。 普段の練習も厳しいみたいで、ノブのおばちゃんが、帰ってくるとご飯を食べて、お風呂に入って、すぐに寝ちゃうのよ、って言っていた。 中学のときとは練習量が桁違いだ、ってノブもノブの友達も言っていた。 二人とも、きっと毎日くたくたで、本当は今日のお休みは、家でゆっくりしたかったんじゃないだろうか。 もっとたくさん寝たいとか、たまにはゲームしたいとか、マンガ読みたいとか、部屋の掃除・・・はノブの場合はなさそうだけれど、そういうことをしたいとか、もしかしたらあったんじゃないだろうか。 二人とも何も言わなかったけれど、楽しそうにしていてくれたけれど、もっと早く帰って、家でのんびりしていた方がいい、って思ってたりしてたんじゃないか。 いろいろ考えていたら、足の痛いのと相まって、涙が零れた。 ノブ、怒ってるのかな。 私の友達も私も、今日を楽しみにしていたから、ちっともそこまで気が回らなかった。 ノブにいたっては、後半私に付き合って、せっかく来た遊園地だっていうのに、ちっとも遊べなかった。 せめて遊べていればまだしも、遊べなかったら本当に無駄な一日になってしまう。 いまさらだけど、本当にノブに悪いことした、と思った。 ノブが帰ってきたら、ごめんね、ってちゃんと言おう。 すん、と鼻を鳴らして顔を上げたら、目の前にビニール袋が下がっていた。 「ほら」 その先にはノブが立っていて、少し屈んでビニール袋を差し出していた。 「履き替えろ」 良く分からないままビニール袋を受け取って、中身を見る。 「ビーチサンダル?」 「それならかかと当たんねぇだろ」 袋から顔を上げて、ノブを見つめていたら、ノブの手がビニールに伸びてきて、私からビニール袋を取り上げた。そして、ビーチサンダルを取り出すと、私の足元に置いてくれる。 「緑って、かわいくない」 「うるせぇよ。うだうだ言わずに履け」 私が靴を脱いで、靴下も脱いで、ビーチサンダルに履き替えるまでの間、私はノブの腕を支えにしていて、でもノブは全然ぐらつくこともなく私を支えてくれる。 それから、ビニール袋の中にそれまで履いていた靴と靴下を入れた。 足元を眺める。 服とアンバランスな緑色のビーチサンダル。 私は、思わず、へへ、と笑った。 「ありがと」 「おう」 ノブの手が伸びて、私の手からビニール袋を取り上げる。 「帰んぞ」 歩き出したノブを追いかけるように、私は歩き出した。かかとはジンジンするけれど、靴を履いていたときより断然ラクで、ぱたんぱたんと歩くたびに鳴る音で、なぜか楽しい気分になった。 「ノブ」 「んー」 「ありがと」 「おう」 「あとね、今日、ごめんね」 ノブが立ち止まるから、背中に思い切りぶつかった。 「今度出かけるときは、こういうの、禁止な」 鼻をさすっていると、ノブがビニール袋を軽く持ち上げる。そっと顔を見上げると、口をへの字にして、私を見ている。 「はい。ごめんなさい」 ビニール袋が揺れて、私の頭を軽く小突いた。 「わかればよろしい」 偉そうな言い方だけど、顔を見れば、への字に結ばれていた口が、逆になってにっと笑った顔になる。 つられて私も笑う。 「また4人でどっか出かけようってさ」 先に歩き出したノブがそう言った。 「だから、次はこういうのはなしな」 ビニール袋ががさがさと音を立てる。 やっぱり1日遊べなかったこと、怒ってるのかな、と後ろから伺うようにノブの顔を見上げた。けど、後ろからじゃ、表情はわからなくて、私は、「うん」とだけ答えた。 私の声のトーンが低すぎたのか、ノブが立ち止まったのが下を向いた私の視界にも入る。今度はぶつからないように、私も止まった。 「おま、なに泣いてんだよ!」 「は」 泣いてないよ、そう言うよりも前に、 「べつに、今日のこと怒ってんじゃねえし!」 ノブの大きな声が重なった。 「別に、そういうの履いてこなくてもはなんだから、いいんだよ!」 「え」 「だから!せっかく出かけんだから、楽しめなきゃ意味ねーだろ。わかってんだから、いいんだよ、こんなん履いてなくても」 がしゃがしゃとビニール袋を振りまわして、ノブが吠えた。ビニール袋ごと私の靴が飛んでいってしまいそうで、私の手はあわあわと上下に無意味に動く。 「なんだっていいんだよ」 ぷい、と拗ねたように私に背を向けた。 なにが、と聞こうと思ったけれど、耳が赤くなってるのが見えて、聞くのは止めた。 私は私なんだからいいんだ、と言ってくれるなら、次回は今日みたいな靴は履かない。 動きやすい恰好で行って、ノブと二人、たくさん楽しもう。 さっさと歩きだしたノブに追いつくように、少しだけ小走りして並んで、がしゃがしゃ言ってるビニール袋を一緒に掴んだ。 「今度は、どこに行こうか」 ノブも、ビニール袋から手を離すことなく、さっきよりもゆっくり歩きながら、 「どこにすっか」 と、のんびり言った。私は足元のビーチサンダルを見て、それから昔よりもだいぶ上にあるノブの顔を見上げる。 「ビーチサンダル履いていけるとこにしよう、これ、履くから」 そう言ったら、ノブが笑った。 「そんなだせぇので行くのかよ」 私はまた足元を見る。緑色の、ほんと、だっさいビーチサンダル。でも、 「せっかくノブが買ってくれたから、これで行く」 ノブは一瞬呆れたような顔をして、それからすぐににかっと笑った。 「じゃあ次は海だな、海」 泳ぐぞ、と大きな声で言うノブに負けないくらい大きな声で、おー、と応えて、二人で顔を見合わせて笑った。 神様、次のお出かけは良いお天気になりますように。 |