不機嫌なまま、助手席の彼は窓にひじをついている。 さっきから、ずっと黙ったままだ。 不機嫌な理由もなんとなく予想がつくけれど、私はあえて何も言わず、黙って車を走らせた。 家まではあと少し。 「先生、今帰り?」 大きなバッグを肩からかけた宮城くんと彩子ちゃんに会ったのは、私がちょうど車にキーを差し込もうとしているところだった。 「二人は部活? お疲れ様」 私はキーを差し込みながら、二人に手を振る。その二人の後ろから、彼がのっそりと出てきた。 「と、三井くんも。お疲れ様」 笑って声をかけたのに、にこりともせず、頭も下げず、彼は不機嫌そうなままの顔でちらりとこちらを見た。 「送ってってあげようか、三人とも」 時計を見れば、もう8時半。 鍵を差し込む私の車に向かって、宮城くんが「やった」とガッツポーズしながら近づいてきた。 後ろの席に宮城くんと彩子ちゃんを乗せて、助手席に彼を乗せて、私は車を走らせた。 後ろの席の二人は賑やかにいろいろな話を次から次へと繰り出してきて、それを聞いて私は笑ったり、たしなめたり、と、適当に相槌を打っていた。 彼は、車に乗ってからも一言も口を利かない。 宮城くんがなんだかんだと話しかけても、「ああ」とか、「いや」とか、単語とも呼びにくい言葉しか返していない。不機嫌そうなのが分かったのか、途中から宮城くんも声をかけなくなって、彼は寝てるんだか起きているんだか、ちっとも分からないくらいに静かにしていた。 途中で宮城くんと彩子ちゃんを降ろして、私は自分の家の方向へハンドルを切る。 「」 もう少しで家に着くな、思いながら角を曲がったとき、ようやく彼が口を利く。けれど視線は、相変わらず窓の外。 「なあに」 不機嫌でも何でも、口を利くだけましかな、私は正面を見たまま返事をする。 「なんだよ、「三井くん」って」 やっぱりそれか。思わず笑ってしまう。 「なんだ、そんなことか。呼べないでしょ、みんなの前で「寿くん」って」 「俺は呼べる」 「呼ばないで。ちゃんと、先生って言って」 「やだ、って言ったら?」 「だめです。ちゃんと、先生って言って」 寿くんは、ち、と舌打ちして正面を向いた。いつの間にか背も高くなって、私の軽じゃ、足が入りきらないんじゃないかと思うほどになっている。 「譲歩して、「先生」でもいいよ」 「気持ちわりいよ」 「いいじゃない。一応名前呼んでるんだし」 「やだよ」 拗ねたような口ぶりは、小さいころから変わらない。 お隣の年下の可愛い寿くんが、こんなに大きくなってしまって、正直戸惑ってしまうのだ。 けれど、拗ねた口ぶりも表情も、それこそ子どもの頃のままで。 私の口元は綻ぶ。 「二人のときは、名前でもいいよ」 そう言ったら、余計に眉を寄せて、 「当たり前だろ」 ぶっきらぼうに答えた。 「も、名前で呼べよ」 「二人のときはね」 「おう」 「寿くん」 「あ?」 「おうち、着いたよ」 でかい車に買い換えろ、とか言いながら降りる寿くんの足は、やっぱり長かった。 |