屋根の上で日向ぼっこをしていたら(断じてサボっていたわけではない)、下をとことこと顔だけは知っている人が通った。
かなり嵩のある書類を両手で重たそうに抱えて、足元を覗き込むようにして見ながら、落とさないようゆっくりと歩いている。
あーあー、小さいくせにあんなに書類抱えてどうすんだ。
そうは思ったけれど、話したこともないような男が突然出てきて、「荷物持ちましょうか」なんておかしな話だし、向こうだってびっくりだろう。
そうじゃなくても、そんなのをあの人に見られたら、あとで何をされるか分かったもんじゃない。
くわばらくわばら、だ。


一緒に飲むたびに、「うちの七席は」とか「うちの小さいのは」とか「うちのだったら」とか、彼女の話題が出る。
何かのついでのように、零れるように出てくるのは、決して名前ではなくて、「うちの〜」なのだけれど、その「うちの」と彼女のことを話すときのあの人の言い方は、単なる同じ隊の仲間というのでも、同期というのでもない、別な想いが籠もっている。
「うちの」と言うたびに、少し口角が上がっていることに、本人はきっと気付いていない。
だから、俺もあえて何も言わない。
さっさと言っちまえばいいのに、と思わないこともないけれど。


そんなことをぼんやり思いながら、また視線を戻す。
ゆっくり歩いていた彼女が歩を止めて、笑うのが分かった。
「笑った顔は、ちょっと可愛いけどな」
そう言っていたのを思い出す。
何度かその笑顔を見かけたけれど、そんなに可愛いかどうか、正直分からなかった。
けれど、今、下で見せている笑顔なら可愛い。それは良く分かった。
笑った先にいるのは、見知った顔のあの人。
一言二言、言葉を交わして、当たり前のように彼女の持っていた書類を自分の腕に移す。
両手が空いた彼女を見下ろしているあの人の顔も、穏やかな笑顔をしている。
いつもは強面で、あまり笑顔なんて浮かべない人が。


「やってらんねーなぁ」
ぐい、と伸びをしてそのまま後ろへ倒れこんだ。
互いに見せる笑顔だけが特別。
けれど、互いがそれには気付いていなくて。

「さっさとくっついちまえー」

雲ひとつない空に向けた言葉は、ゆっくりと青に融けた。