バレンタイン前になって、がそわそわし始めた。
別に行動が怪しいとか、何か大きなミスをするとか、失敗をするとか、そういうことはしない。
けれど、なんとなく気持ちが浮ついているな、って言うのは分かった。
時は2月に入ったところ。
結びつけるのは簡単だ。


「近頃、そわそわしてるね」
朝練前に廊下で会ったとき、さらっと声をかける。
あくまでさらりと。
料理部はこの時期、講習会を開くから忙しいんだそうだ。バレンタイン。男女ともに目の色が変わる
時期は、料理部の稼ぎ時なんだ、なんて去年は笑っていたくせに。
今年も準備のために朝も早くから仕込みをするんだ、とこんな時間にもう学校にいる。
今も、材料を抱えるようにして持って、階段を降りようとしている。
「そわそわ? してないよ〜」
チョコレートを抱えたは体中から甘い匂いがしそうで、ちょっと距離を置いた。
「そう?」
「うん。気のせい」
甘い匂いと同じような顔で笑って、は階段を降り始める。
抱えすぎで前が見えないんじゃないか、と、少し離れて後を降りる。
足元を見ながらゆっくり降りるは、後ろを歩いているのに気付いているのだろうけれど、話しかけようとはしないし、こっちも話しかけない。

「あ」

の声がして、その後ぱたり、と何かが落ちる音がする。
は立ち止まって、たぶん、下を向いた。
持ちすぎていて、下を向くと落ちるからあんまり下を向ききれていなくて、中途半端な首の角度で
止まっていた。
「じ〜ん〜」
離れていた3段分を一息に降りて、の正面に立つ。
「お願い。拾って」
ちょっと情けない顔をして顔を見上げるは、ちょっと可愛かった。
落ちたチョコレートを拾い上げて、山積みの紙袋の上にわざと前が見えないように乗せる。
「見えないよ…」
少し袋を揺すって目の前を塞ぐチョコレートをずらそうとして、また落とす。
小さくため息をついて、はしゃがみこんで紙袋を床に下ろした。
「だめだ」
落ちたチョコレートを拾って、ぺたり、とはその場で座り込んでしまった。
の正面に座って、顔を覗き込むと、少し泣きそうな顔をしたの目と目が合った。
「ごめん」
割るつもりはなかったんだけど、そんな意地悪のつもりはなかったんだけれど。
「え、あ、これは割れてても良いの。どうせ、溶かしちゃうんだから」
は泣きそうな顔のままで笑った。困ったような、おかしなような、変な笑い方。
「なんか、最近、何やってもダメで。」
やっぱりそわそわしてるってことかな、チョコレートを紙袋に戻して、は立ち上がった。

「初めてのことばっかりだから、どうしていいのか、わかんないんだ」

なぞかけみたいなことを言って、は紙袋を持ち上げた。
紙袋は相変わらず大きいままだから、の顔は紙袋の向こうに消えた。
なぞかけのなぞは解かないと。
すっきりしない。

、好きなやつ出来た?」

ねぇ神、誰かを好きになるって、どんな感じかな。
こないだまでそんなことを聞いてきたくせに。
去年は、バレンタインは稼ぎ時、なんて言ってたくせに、今年は何冊もお菓子の本と
にらめっこしている。
講習会で教えてるチョコレートなんて、本を見なくても作れる、って豪語してたじゃないか。
義理チョコはみんなの本命と一緒、なんて嫌味な顔して笑ったくせに。

「当たり?」

みんなの本命とおんなじリッチな義理チョコ、なんてさらりと渡されて。
甘いものなんて好きじゃないのに、義理チョコだって宣言されたのに、何を返そうか、って悩んで好きだって言ってたゾウのぬいぐるみをあげたら、予想以上に喜んで、エビタイだなんて笑って。

人の気も知らないで。


「まぁ頑張って」


隠すのには慣れてる。
本気で応援なんかしないけれど。口はそれくらい言えるから。
まだ階段を降りないと、体育館には行けない。紙袋の向こうの顔は見ないで、階段を降り始める。


「じん〜」

ぱたぱたと足音が近づく。
見上げると、が紙袋の横から顔を出した。


「頑張ったら、もらってくれるかなぁ?」

「もらってくれるんじゃない?」
誰にあげるんだか知らないけど。

「そか」

「うん」
もらってくれなければいいのに。

そんなこっちの気持ちはお構いなしで、ぱっと顔を明るくして、

「じゃあ、じゃあね、」

紙袋を抱えなおして、今度は反対横から顔を出した。


「頑張るから。頑張るから、そしたら、もらってくれる?」

顔を赤くして、ぎゅっと紙袋を握って。
そんな顔を見てたら、思わず笑ってしまって、「そこ笑うとこじゃな〜い!」ってに怒られた。
けれどまだ笑ってしまう頬をそのままに階段を駆け上り、の隣まで戻って紙袋を取り上げる。
、フライング」
バレンタインは明日なのに。そわそわしすぎて、日にち間違えちゃったんじゃないの?
紙袋に隠せなくなった顔は真っ赤で、耳まで真っ赤で、あぁもう本当にかわいいなぁ、と思って口元が緩んだ。
「甘さ控えめでお願いします」
そう言ったら、真っ赤なままでにっこり笑って、抱えてるチョコの匂いみたいに甘い顔をして笑って、
「はい!」
元気な返事が返ってきた。

あぁ、ホワイトデーまでこっちも待てなさそうだなぁ、と、甘い匂いでとろけそうな頭で思った。