2月14日はバレンタイン。 さぞや常勝海南のバスケ部の面々はもてるんだろうと思いきや。 そんなマンガみたいな話はあるわけなくて、俺のバッグの中にはチョコレートが3つ。 3つももらえりゃ十分、という話もあるかもしれないけど、マネージャーと引退した先輩マネージャーと、神さんの彼女から、という、ちっとも喜ばしくないものばっかりだ。 マネージャーにいたっては、「ちゃんとお返ししてね」ってお前、100円くらいのチョコのくせして、なに言ってやがる。 神さんの彼女からもらったときは横で神さんが怖い顔して笑ってるし、まぁ嬉しかったのは先輩からのだけ。 「信長は頑張ってるから」 って、わざわざ休みなのに練習見に来てくれて、チョコもくれた。 義理でもなんでも、これだけは唯一愛情がこもってそうで、ちょっと、いや、かなり嬉しい。 ホワイトデーの前に卒業式だから、そのときにはなんかプレゼントしようかな。 そんなことを思いながら、校門へ向かう。 神さんのシュート練習に混ぜてもらって一緒に練習してたら、もう8時だった。 神さんは待ってた彼女と一緒に帰るって先に上がったから、体育館の鍵を閉めて、部室の鍵と一緒に職員室に戻す。 廊下はもう真っ暗で、残ってるやつなんていなさそうだった。 なんとなく玄関を出てから、後ろを振り返った。 も、帰ってるよな・・・。 暗い校舎を見れば、他に誰かが残ってる気配なんてあるわけなくて、電気が点いてるのは職員室のみ。 同じクラスのだって、当然帰ってるだろう。 いるわけがない。 思わず口から漏れたため息をごまかすように、大きく息を吐いた。 今日の教室は、男も女もなんだか浮ついてて、誰が誰にあげたとか、誰は誰にあげるらしい、とか、いろんな噂が飛び交ってた。 そんな中でを見れば、ちらりと見えただけだけど、リボンのついた箱を持ってた。 誰かにあげるんだ。 そんな驚きとともに、相手が俺だったらいいのに、と思った。 だって、クラスの男子とあんまし喋らないがほぼ唯一喋るのは無理やり話しかけてるとは言え俺くらいだし、他のクラスの男と喋ってるのも見たことないし、誰かを好きだとか言う噂だって聞いたことがない。 そしたら、普通は期待するだろ。 なのに、今俺はバッグの中に義理チョコばっか3つもつめて、一人で帰ってるわけで。 世の中はそんなに甘くない、ってことですか。 そうだよな、憧れの先輩とかがいるかもしれないし、もしかしたら、聞いた事ないけど付き合ってるやつがいるのかもしれないし、中学の頃から好きなやつがいるのかもしれないし。 一気に気分がどんよりしてきて、またため息をついた。 「清田くん」 ため息をついたままのぽかんと開いた口で振り返れば、まだ上履きを履いたが玄関に立っていた。 「なにしてんだ、こんな時間まで」 ローファーをつっかけながら出てきたが隣に並ぶ。 「ちょっと、人を待ってたら、こんな時間に」 へへ、と笑って下を向く。 カバンと一緒に、小さな紙袋が見えた。 中は見えないけれど、これはきっと・・・。 「誰かにあげたのか?」 「え?」 ん、と顎でその紙袋を指せば、 「あ、うん。まだ、と言いますかなんと言いますか・・・」 カバンの後ろに隠すようにして持ち替えて、またが小さく笑った。 「なんか、タイミングつかめなくて、」 「で、今までかよ。もう相手帰ってんじゃねぇの?」 相手が俺でした、なんてオチだったら嬉しいけど、この展開はそんな方向には進みそうにもない。 「それが、まだいるみたいで」 ほら、俺じゃない。俺、今から帰るとこだし。「いるみたい」ってことは、確定じゃないから、今隣にいる俺じゃない。 がっかりしたのが声に出ないように、腹に力を入れる。 「いるなら渡して来いよ。せっかく用意したんだろ」 ほら、と軽く肩をつつけば、ちょっと考えた顔をして、頷く。 「うん。分かった」 そう言ってから、カバンをごそごそやって携帯を取り出す。 「電話してみる」 いや、いるなら行った方が早いだろ。とは思ったけれど、俺は適当に頷いて、「頑張れよ」と手を振った。 「なんかあったら、俺に電話くれてもいいし」 なにいい人ぶってんだか。 「・・・ありがと」 ちょっと沈黙したあと、が眉を寄せて笑った。失恋前提みたいな話の仕方、そりゃ嬉しくないよな。立ち止まって携帯を握り締めているを背にして、校門を出た。 学校と駅との間の公園あたりまで来たとき、ポケットに入れてた携帯が震えた。 取り出してみれば、バックライトに照らされているのはの名前。 ダメだったのか。 こういうとき、どうやって慰めるんだろう。 そこまで考えずにあんなこと言わなきゃ良かった、とちょっと後悔しつつ、通話ボタンを押す。 「もしもし」 「きよたくん!」 「おー。どうした。渡せたか」 なんか棒読みっぽいけど、これ以上は無理。ごめん、。 「あの、渡そうと思ったら、帰っちゃった」 「あー・・・」 コメントに困る。 「まぁ、明日でもいいんじゃねぇの? もしくは、電話番号知ってんなら、呼び出すとか、家まで行くとか」 「明日じゃ意味が・・・。それにおうちはちょっと・・・」 「あー。じゃあ、電話すりゃいいんじゃねえの?」 「うん、わかった。かけてみる」 「・・・おう。がんばれ」 電話が切れる。 俺、なにやってんだ。 はーあ、と大きくため息をついた。白い息がぼわんと目の前を曇らせるみたいだ。 俺はまだまだコドモだから、好きなやつが幸せならそれで俺も幸せとか思えないし、には申し訳ないけど、うまく行かなかったら俺にもチャンスあるかな、とか思っちゃったりもしてる。 ごめんな、。 の幸せ祈ってやれなくて。 俺、小せぇなあ、と思いつつ空を見上げていると、まだ握ったままだった携帯がまた震えた。 の名前が表示されている。 ご丁寧に途中経過まで教えてくれなくてもいいんだけど、と思いつつ通話ボタンを押す。 「電話、かけてみました」 「?おー。でどうだった?」 「あの、まだ、というか・・・」 が口篭る。 頑張れよ、とか言うべきか? 思ってもいないのに? そんなことを考えてたら、口を挟むタイミングを失ってしまって、けど、次に出てきたのは 「待ってたのは、清田くんなの」 「は?」 予想外の一言。 「あの、だからね、清田くんに渡そうと思ったんだけど、本当は、体育館まで行って待とうかと思った んだけど、他の人もいたから入れなくて、さっきも、すぐに渡せなくて、電話してからとか思ってたら、清田くん帰ってて・・・、あの? 清田くん?」 耳元で聞こえるの言っていることを理解するまで、時間がかかって、なにも返事できなかった。 名前を呼ばれて、我に返る。 「あ、うん。聞いてる」 「あの、だから、これから渡したいんだけど、・・・いいですか?」 小さな声で聞いてくるに、同じように小さな声で答える。 夢見てるみたいだ。 「うん。分かった。俺、今、公園んとこいるから」 小さなため息のあと、良かった、と呟く声が聞こえる。 「ありがとう!すぐ行くから、ちょっと待ってて」 ぷつり、と電話が切れた。 学校からここまで、3分くらい。 きっとは走ってくるから、さらに時間は短い。 どうしようどうしよう。 はなんて言って渡してくるんだろう。 俺、なんて言ってもらえばいいんだろう。 頭の中はフル回転して言葉を捜そうとするけれど、ちっとも浮かびやしない。 あの袋の中身が自分あてだったなんて、どうしよう、俺、すごい嬉しい。 「清田くん!」 足音とともに、が呼ぶ声がした。 振り返れば、少し緊張気味の、不安そうな顔が見える。 けど、あの顔がもう少ししたら俺の好きなあの笑顔になるんだ。 あぁ神様。 バレンタインには男から告白するのもありですか? 俺はやっぱり、自分の口からまず言いたいのです。 俺の一言で、彼女をあの笑顔にしたいのです。 |