「異動?」
持ってきた書類を、思わず強く握る。
「うん、十番隊に」
「いつから」
「一昨日、隊長から言われて。もう、手続きは済ませてきた」
なんでもないことのように、ただの立ち話のように、廊下で会ったはさらっとそれを伝えてきた。
瞬間、なんで俺に黙って、と言葉が喉元まで上ってきて、ぐっと飲み込む。
何様だよ、俺。
なんでも自分に相談してくるものだと、いつから思い込んでいたのだろう。
誰よりも先に、まずは自分に報告に来ると、いつから自惚れていたのだろう。
「そ、か」
うん、と頷いて、
「今まで、お世話になりました」
ぺこり、と頭を下げると、は下を向いたまま、
「とうとう、違う隊になっちゃったね」
小さな声で呟いた。そうだな、とだけ返して、窓の外へと目をやる。
眩しいほどの晴天で、少しだけ目を細めた。
「けど」
視線を戻せば、同じように目を細めて窓の向こうを見ているの横顔が見えた。
細めた目は、妙に優しげにも見えるし、一線を引かれているかのように遠くにも感じる。
「遅いくらいかもしれないね」
「ここに入ってから、九番隊にずっとだもんな」
が言いたかったことは、きっとそういうことじゃない。
どこかで、なんとなく分かっていた。
自分のぎこちない態度や笑えない顔に、が何も思わなかったわけはない。
辛い思いをしていたのは、自分よりも、目の前で笑う彼女だ。
分かっているのに、どうしてもあのときのことが忘れられない自分が、彼女を苦しめている。
「違う隊を経験すんのも、いいんじゃねぇの」
「そうだね」
「日番谷隊長のとこだしな」
「うん」
「乱菊さんもいるし」
「うん」
「すぐになら馴染めるよ」
「うん」
もう一度、うん、と頷いて、はいつもの笑顔で笑った。
「ありがとう」
細めていた目はそのままで、けれどまた近くに戻ってきたように思えて、安心する。
なのに、その笑顔を向けられると、どうして同じように笑えないんだろう。
「ま、頑張れよ」
目を逸らせて、握り締めていた書類を、抱えなおす。
「俺、これ届けなきゃなんないから、行くわ」
歩き出した後ろから、が呼び止めるんじゃないか、そう思って、ずっと後ろに気を張っていたのに、聞こえたのは小さくなっていく足音だった。
立ち止まって、振り返ったのは俺で、背を向けて歩いていくのはで。
離れてしまえばいいと思ったのに、遠ざかる背中を引き止めたいと手が伸びそうになるのを、持っていた書類を抱えることで、そっと押さえた。





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