「異動、ですか」
私が繰り返すと、東仙隊長は、いつも通りの穏やかな声で、「十番隊に」と言った。
「急な話だから、少し時間がいる、というのなら、返事はすぐでなくてもいいよ」
声に戸惑いを感じ取ったのか、隊長はさらに声のトーンを優しくしてきたけれど、私は小さく息を吸って、答えた。
「いえ、そのお話、受けさせていただきます」


その足で東仙隊長に連れられて十番隊へ行き、挨拶を済ませ、「そんなに急くことはない」と、どちらの隊長にも言われたけれど、何事も勢いだから、と翌日の非番の日を使って、引越しを済ませた。
休みが明けるとあちこちへ挨拶へ廻り、すぐに任務へ着いた。
「そんなに急がなくても良かったのに」
一緒に任務に就いた先輩が、呆れたような顔をしている。
私は、ヘラヘラと笑った。

自分でも、なんでこんなに急いでいるのか、良く分からなかった。
九番隊が嫌いなわけじゃない。むしろ、東仙隊長をはじめとした隊の人たちのことは大好きで、離れるのは寂しい、そう思っている。
なのに、なるべく早く離れたい、そう思ってもいた。
そろそろ限界だったのかもしれない。
自分のせいだ、そう言い聞かせても、ぎこちない笑顔や会話、合わせてもらえない視線は、ゆっくりと、けれど確実に私の心を蝕んで、ふとした瞬間、自分のしたことは棚に上げて、彼を責め立ててしまうんじゃないか、と不安を感じていた。
肩の傷は、もうぱっと見ただけでは分からないほど薄くなっていて、私の中ではあのときの痛みは、ずっと遠くに行ってしまった。
なのに、私と彼の間の溝は、浅くならずにますます深くなる。
私が近づけば近づいた分、きっと彼は私の傷を思い出し、忘れてはくれない。
ならば、離れてしまえばいい。
それで彼の気持ちが軽くなるのなら、違う隊に移ることなんて、なんでもない。
どのみち、私の想いは届かない。

「タイミング、ですかね」
「は?」
「急いだっていうよりも、タイミングが良かったんですよ。だから、まぁ、ぽん、と。どこに行っても、することは同じですしね」
腰に差した斬魄刀を、ぽん、と叩いた。
先輩は、いまいち納得していない顔をしつつも、「ふーん」とだけ言って、背中を向けた。
「まぁ、なんでもいいけど。異動先初任務で、怪我なんかしないでよ」
たん、と飛び出す先輩について、私も飛び出す。
「それはもう重々に」





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