私は立ち去る背中を眺めていた。

檜佐木くんが、私と目を合わせて話さなくなったのは、学院時代の最後の実習の後からだ。
それまでは、何かと一緒に組むことが多かった私のことを、それなりに好いていてくれた、という感触はあった。
一緒に実習に出かければ、同じ学年なのにまるで先輩のように、私のやることを「良くやった」って褒めてくれて、大きな手で頭を撫でてくれた。
授業で分からないことがあれば、「しょうがねぇな」って言いながらも、私が分かるようになるまで、根気良く教えてくれた。
休みの日には、時々一緒に出かけたり、ゆっくりと話をしたりした。
それが恋だの愛だのではなくとも、友達として、仲間として、好いてくれるのなら、それは嬉しいことだったし、同じように私も檜佐木くんのことを好いていた。
いや、いた、ではなくて、今もまだ。
目をそらされても、目を見て笑ってくれなくても、私はあの頃に蓄えた檜佐木くんとの思い出が大切で、時折思い出すし、今でも時々隣に並んで話をするときの、檜佐木くんの、任務中とは違う少し柔らかい声を聞くのが好きだ。
けれど、それを壊したのは自分。
何度も何度も、あの時を後悔しているけれど、後悔したところで過去が変わるわけもなくて、だからきっとこれは私に与えられた罰なのだと思う。

檜佐木くんが私を避ける理由。
それは、時々檜佐木くんが見つめる私の肩にある。
最後の実習の時に、私が怪我をしたところ。
あの時、私と組んだのは檜佐木くんだった。
実習の相手は当時の私の実力でも、どうにか戦える相手で、檜佐木くんにしてみれば、少しばかり余裕があったと思う。
だから、なにを心配することがあったわけでもない。
いつも通りこなせば良かったのだ。
なのに、予定外に虚が一体増えた。
思わず慌てた。
いつも通りにこなせば、別に一体増えたところで対処できないわけではなかったのに。
その増えた一体が、まっすぐに檜佐木くんに向かったのが見えた時、私の体はその進行方向を塞ぐように動いた。
そして、そのまま肩を抉られて、倒れた。
檜佐木くんが私を呼ぶ声が響いて、目の前の虚が消える。
そうなってからようやく、私は自分が慌てていたことや余計なことをした、ということに気がついた。
肩がジンジンと疼き、倒れた首もとまで温い血が流れてくる。
ばかだなぁ、思わず笑った。
飛び出さなくても、檜佐木くんなら大丈夫だったのに。
私を抱え上げる檜佐木くんの顔を見て、もう一度私は笑った。「大丈夫」と何度も繰り返した。
痛みは酷いし、血は流れ続けているけれど、死ぬようなことはきっとない。
それに、檜佐木くんのそんな顔を見るくらいなら、痛みだって「ない」と言い張れる。
笑えるくらいに大丈夫なんだよ。
そう言いたかったのに、檜佐木くんの顔は「心配」なんて生温い言葉で片付けられないほどに、辛そうに歪み、肩の傷口に血止めを施すその手は、震えてすらいた。
「ごめんな」
私を抱きかかえて尸魂界に戻るまでの間、檜佐木くんは「ごめんな」を繰り返して、私は檜佐木くんの胸に顔を埋めたまま、どんどん遠のく意識と戦うように「大丈夫」を繰り返した。
本当は、「大丈夫」じゃなくて、「ごめんね」って言えれば良かったのに。
悪いのは私だから、そんな顔しないで。


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